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庭園でさよならとはいかず、須藤会長とともに夕食をとることになった。訪れたのは和食料理店。テレビでも取り上げられたらことがあるのだと須藤会長は我がことのように自慢した。よく来るところのようで、私とベルモットの料理は須藤会長が選んだ。なんと私はお子さまセットだ。この姿になって初めてのお子さまセット。少しだけ屈辱だ。だけど嫌がることもできないから素直に食べるしかない。
「本当に愛子ちゃんはいい子だね。しっかり躾られていて、孤児院にいたとは思えない。シャロンの教育のたまものかな?」
私の食事姿を見て須藤会長が感心した。だけど、これは私を褒めてるんじゃなくてベルモットにいい顔したいだけだ。
「私は何もしていないわ。引き取ったときから一人でなんでもできたのよ」
「それなら元々いいところのお嬢さんだったのか?」
「それが、愛子は記憶喪失なのよ。孤児院の前に倒れているところを保護されて、その前のことは何も覚えていないの」
「そうか、こんな小さいのに可哀想に」
須藤会長が私の頭の撫でた。力が強くて頭がぐらぐら揺れる。
ごはんがこぼれそうになって慌てて茶碗をテーブルに置いた。馴れ馴れしいのは年のせいか、元々の性格なのか。「髪の毛がサラサラだね」だとか「小さいなあ」とか言いながらベタベタ触ってきてご飯どころではない。
私と須藤会長を見ながら上品に小鉢の料理を食べていたベルモットが、助け船を出してくれた。
「須藤さんの奥様はお元気?」
ベルモットに話しかけられると、すぐに須藤会長は私にかまうのをやめてベルモットを見た。
「ああ、元気すぎるくらいだよ。この前もジャーダクラブのパーティに出て他の婦人たちとぺちゃくちゃ喋ってたよ。まったく、何時間も喋って何が楽しいのか」
そう、顔をしかめた。
ジャーダクラブといえば、金持ちの慈善団体だ。須藤会長も組合員なのだろう。私も存在は知っているけれど、ボンゴレのようなマフィアとは相容れない存在だから詳しくは知らない。綱吉ならさすがに詳しいだろうけど。
こういう人がジャーダクラブに入っているんだ、と須藤会長の顔を見た。
「でも、そういうところがお好きなんでしょう?」
「まあね」
お茶目に笑った。
ベルモットを見るときと違って愛しそうな目をしていた。ただの下心しかないおじいちゃんかと思ったけど、意外と普通の人だ。
須藤会長は穏やかな表情のまま奥さんの話を続ける。奥さんが最近サロンに通っていて、そこで他の奥様と交流を作っているだとか、どこどこのパーティに誘われて奥さんがどうしてもと言うから行ってきただとか。一見するとただののろけ話だけど、裏社会の人間からすると美味しい情報だ。なるほど、ベルモットはこのために須藤会長に近づいたのか。
「この子もそのうちパーティに連れてくるのかい?」
「さあ、どうでしょう」
「シャロンの養子となったら、大々的なニュースになるだろうしクラブのやつらも会いたがるだろうな」
豪快に笑って、また私の頭を撫でた。もうごはんは食べ終わっているから甘んじて受け入れた。
「まだ養子として迎え入れるとは限らないわ。私はよくても愛子の気持ちも考えなきゃ。私は今、孤児院の代わりに愛子を育てているだけだから、愛子がここがいいって言うご家庭があれば……」
ベルモットがチラリと私を見た。須藤会長も見ている。
迂闊に頷いてはいけない話の内容だから、困ったように笑っておいた。
「それにしても、本当にお行儀がいい。妻が見たら驚くぞ。うちは息子三人だったから毎日喧嘩ばっかりで妻もいつも叱ってばかりだったから。……そうだシャロン、今度うちでパーティをしよう」
「あら、いいの?」
「妻にも息子たちにも紹介したいからな。遠慮することはない。この前だって福浦製薬の方々を招いたんだ。あそこにも小さい子どもがいて、うちの子ども部屋を気に入ってくれたから愛子ちゃんだってきっと気に入るさ」
私が答える暇なく須藤会長は「そうだそうだ」と一人で頷いて、勝手にパーティが決まっていた。ベルモットが賛成しているから、最初から私に拒否権はないのだけれど。
須藤会長の家だと言うし、大規模なわけではなさそうだから私も別に問題はない。
須藤会長との食事が終わり、帰りの車に乗るとしばらくしてベルモットはメガネを外して、まとめていた髪をほどいた。化粧はまだシャロンのままだけど、不思議と表情が戻ればどこからどう見てもベルモットに見えた。
優しげな母親のような目から、冷たい凍るような目に変わった。
「これが私の仕事よ」
外の街の明かりがベルモットを照らす。
「須藤会長は大きなパイプなの。社交界で顔が利いていて交友関係が広いから、彼と親しくするだけで今の大企業や資産家たちの情報が手に入るのよ」
「私のことはシャロンとしか知らないし、疑う余地のないように私から情報を聞き出すんじゃなくて相手に喋らすの」とベルモットは私に仕事のやり方を教える。
だけど、ただ教えているのではなく「だから余計なことをするな」という本音が聞こえる。須藤会長はよほどベルモットにとって大事な情報源なのだろう。
裏社会の情報を得ることは案外容易い。よく言えば代謝のいい世界だから、そっと入り込めばそれこそ私のように簡単に潜入できる。表の世界はそうはいかない。相手に経歴も共通の友人も必要だし、なにより付き合いの短い人物を警戒する。
須藤会長の様子から察するに、相当時間をかけて関係を築いてきたのだろ。うっかり情報をもらしても相手がベルモットなら差し支えないと思わせるくらい。
「長期任務って言っても、ずっと張り付いているわけじゃないのよ」
それを伝えるためだけに、わざわざ大事な須藤会長に会わせたということは、組織はおそらく私に長期任務ーー特にベルモットがしているようなことをさせたいのだろう。