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 ベルモットとともに須藤会長と何度か会っているうちに、桜の咲く季節になった。
 再び私は山奥の本部に連れてこられた。今度はバーボンと一緒に。二人で慣れた会議室に入ると、今日はジンだけがいた。
 今日呼ばれた理由はバーボンも知らないらしい。来るまでの道中は和やかだったのに、ジンと対峙してからバーボンは気が立っているように感じた。だけどジンがそんなことを気にするはずがない。私を睨むように見つめ、口火を切った。

「短期にしろ長期にしろ、情報を得るためのパイプ、コネクションは必要だ」

 唐突すぎる。少し間をおいて、それが前回ベルモットと来たときの話の続きだと気づいた。
 ベルモットのように女優の顔を使って長期間で情報収集するのも、バーボンのように必要な情報だけを短期間で情報収集するのも、正確な情報を掴むには信頼の置けるパイプが必要だ。
 ジンの言っていることはもっともだったので軽い気持ちで「はあい」と頷いた。その横でバーボンが一歩ジンに近寄った。

「待ってください。愛子はまだ六歳ですよ。早すぎませんか」
「早いに越したことはねえだろ。それとも組織のやることに不満でもあるのか?」

 うっかりジンに同意しそうになった。
 幼いこの姿の方が警戒されずに人の懐に入り込める。すでに須藤会長一家とは仲良くなっている。だけど須藤会長はベルモットにとって、とても大事な情報源らしいので必要以上に私を彼らに接触させるつもりはないらしい。あくまで私は、ベルモットが須藤会長に取り入る一つの材料として使われているに過ぎない。――チャリティー精神に溢れる大女優という顔を作るための。
 私は私のコネを作らないといけない。
 バーボンはジンに何か言いたげだが口に出して反論することはない。組織のやることに異議を唱えるのは命を捨てることを意味する。
 私は異論なんてないけれど、ただただ面倒だという気持ちが強い。また色んな人に会わされるのかと思うと気が重い。
 そんな私の憂鬱な気持ちを、ジンが吹き飛ばした。

「コネを作るのに研究所にこもってたら何もできねえだろ。これからは好きに外に出ろ」

 え、いいの! と声に出しそうになって、慌てて手で口を押さえた。ちらっとバーボンを見上げたら、さっきより怖い顔でジンを睨んでいた。黙っていてよかった。もし声が出ていたら私も睨まれていた。他の人もそうだけど、綺麗な顔に睨まれると倍怖い。
 しかし睨まれているジンはバーボンのことは無視して私の方に何かを投げてきた。慌ててキャッチすると、スマートフォンだった。

「連絡はこれを使え」

 連絡手段がなければコネをつくることはできない。当たり前のことだった。
 きっと通話履歴なんかは組織に筒抜けだろうから私的には使えない。それでも、「私が個人の連絡手段を持っている」というのが公になったのが嬉しい。この端末は使えなくても、同じ機種を用意してそれを私的に使えば組織に怪しまれずに連絡が取れる。
 ジンの用事はこの「コネクションを作れ」という指示だけだったようで、話が終わればバーボンに促されて本部から出て、また車に乗った。
 帰路につく間、バーボンがいまだに機嫌の悪そうな声を出した。

「ジンはああ言っていたが、あまり一人で出歩くな。愛子くらいの年齢で一人だと怪しまれる」
「親は? って聞かれるもんね。スキー場に行ったときも散々聞かれたよ」

 バーボンに話を合わせたけれど、もう一年弱も一緒にいるから「怪しまれる」なんて建前だってことに気づいている。本音は「一人だと危ない」だ。私は今、やっと小学一年生の年齢だ。まだ親と手を繋いで歩いていたり、学校の登下校だって集団でやる年齢。一人でふらふら歩き回るなんて危険すぎる。普通の子どもだったら。
 私は普通じゃないから、ようやく手に入れられる自由な生活をみすみす見逃せない。

「でも、これでやっとお友達を作れるね! 近くの公園だったら行ってもいい?」

 私の持てる力を振り絞って、期待に胸を膨らます子どもを演じた。この無邪気さに弱いことだって知っているんだ。
 思った通りバーボンは不承不承に「車の通らない道で行くなら」と許可してくれた。

「でも、できるだけ僕や、……ライがいるときに」
「それなら明美さんと一緒がいい。あ、そうだ明美さんにも電話番号聞かなきゃ」

 ポケットから、さっきジンに渡されたスマートフォンを取り出した。明美さんはこっちで大丈夫。今から連絡を取るのが楽しみだ。
 スマートフォンを弄っていると、視界の端に桜並木が映った。そっちに顔を向けると、真新しい制服を身にまとって体に合わない大きなランドセルを背負った子どもたちと、綺麗なスーツに身を包んだ両親が幸せそうに笑っていた。

「どうしたんだ?」
「小学校の入学式だったのかなって」

 今までの人生で一番幸せだという顔を浮かべた家族があちらこちらにいる。舞い散る桜も相まってまるでドラマの一場面のようだった。
 子どもたちの背負うランドセルは色鮮やかで、近くを通ったときに見えた細部のデザインも可愛い。

「あのランドセル、刺繍すごいね」

 信号で車が停まったときに、ランドセルを指差して言った。ピンクのランドセルに白い糸で花や蔓などの刺繍が施されていた。
 あれもすごい、これもすごいと最近のおしゃれなランドセルを楽しんでいると、バーボンが苦しそうな声で「……愛子は、小学校に行きたいのか?」と聞いてきた。
 また小学校に通わされたら、たまったもんじゃない。

「え? いや、全然そんなこと思ってないよ! 珍しい、というか可愛いランドセルだなーって思っただけ!」
「ほしいのか?」
「ほしくない! あんな大きいの邪魔になるじゃん。……私にはバーボンがくれた、このリュックがあるし!」

 抱えていた黒いリュックをバーボンに見せた。初任務のお祝いにバーボンからもらったリュックだ。フェイクレザーの生地でかっこいいけど、うさ耳がついている可愛さもある。もらったときは多少気恥ずかしさがあったけれど、バーボンが選んで買ってきてくれたものだからと使っているうちに愛着を持つようになっていた。
 頑張ってバーボンに現状に満足していることを伝えるが、あまりうまく伝わらない。

「……もし、小学校に行きたくなったらすぐに言ってくれ」
「うん。そのときは絶対に言うから」
「ジンは愛子が小学校に通うことを反対するだろうが、でも本当は愛子を保護している身として愛子を学校に通わせる義務があるんだ。それに、……義務なんて関係なく、僕は愛子に普通を知ってほしいんだ」

 力強い眼差しに逃げたくなった。
 ちょうど信号が青に変わって、バーボンが視線をそらしたので見つからないようにそっと息を吐いた。十分私は普通を知っていると教えてあげたい。でもそれができないジレンマにちくりと胸が痛んだ。

ヒトリヨガリ