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 ベッドに寝転がっていることすら疲れて、ちょっと体を動かそうと自室から出た。廊下で仮眠しに来た男の人とすれ違って軽く挨拶しながら簡易キッチンに行く。冷蔵庫を開けて中をのぞき込むけれど、飲み物がなかった。
 下の自販機で買うために一回部屋に財布を取りに行ってから、階段で一階下のラウンジに行くとソファーに明美さんが座っていた。

「あ、明美さん! どうしてここに?」

 明美さんは今大学生で、組織に属しているけれど任務とかはせずに大学に通っている一般人として生活しているらしい。だから研究所に用事なんてないはずだ。
 振り返って私を見た明美さんが私を認めて微笑んだ。

「愛子ちゃんに会いに来たのよ」
「嘘だー、ライとデートのついでに寄ったんでしょ」

 少し離れた自販機でライが水を買っているのを私はしっかり見つけていた。
 ライの方を指させば明美さんは「バレちゃった?」といたずらっ子のように笑った。長女らしくしっかりしたところが多いのに無邪気な表情が多くて可愛い人だと思う。組織の人はみんな仏頂面すぎる。明美さんを見習ってほしい。そう思いながら、脳裏に比較的表情豊かだったスコッチの顔がちらついた。それを振り払う。明美さんは一般人にとけ込んでいるけれど、両親も妹も組織の人だと聞いている。スコッチみたいに裏切り者として処分されることはないはずだ。
 二本飲み物を買ったライは、もう一本追加で買ってから私たちの方へ来た。

「ほら」
「……ありがとう」

 緑茶を明美さんに渡したあと、リンゴジュースを手渡された。頼んでもないのに買ってくれるとは思わなくて戸惑ってしまった。明美さんの前で格好つけたいのかな。
 何はともあれ求めていた水分だ。パキッとキャップを開けた。

「お前に会いに来たのは本当だ」

 ライの唐突な言葉に首をひねった。少し考えてから、ああ、さっき明美さんと話していたのが聞こえていたのかと納得した。なにも私だって本気でデートのついでなんて思ってない。そんなに気軽に来るところじゃない。
 明美さんは両手でペットボトルを握りしめながら微笑んだ。そんな明美さんをライは優しく見つめている。絶対に私には向けない目だ。

「なんでも困ったことがあったら言ってね。ここにも女性職員さんはいるけど、そんなに気軽には話せないでしょう? 愛子ちゃん女の子なんだから洋服ももっと色々ほしいんじゃない? 大君ってそういうの鈍いでしょ」

 明美さんにそう言われても、ライは怒ることなく苦笑している。
 明美さんの言葉はすごく嬉しいけれど、私は「ううん、大丈夫。ベルモットが買ってきてくれるもので十分だよ」と誘いを断った。だけど、明美さんのことが嫌いなわけでも、出かけたくないわけでもない。逆に私は明美さんともっと仲良くなりたい。だから私は「でも」と続ける。

「そういうの抜きにして今度明美さんと一緒にお出かけしたいな。私のものだけじゃなくて、明美さんとお買い物したい」

 私のお世話係として一緒に買い物に行くのではなく、友達として買い物に行きたい。
 明美さんは大学生然とした明るくさっぱりとした笑顔を浮かべた。まるで組織のことなんて知らない一般人のような。その表情のままライを見た。

「大君も一緒に行く?」
「三人だと親子だと勘違いされるだろう。俺は遠慮するよ」
「あら、別に親子に見えてもいいじゃない?」

 「まったく」とライは困ったような表情をして「バーボンに怒られるだろ」と諭した。
 別にバーボンは怒らないと思うけど、と考えながら目の前の二人をじっと見つめる。ライと買い物なんて考えたこともなかったけれど、明美さんがいるのなら楽しいかもしれない。明美さんと話しているときは、ライもまるで人を殺したことがないような、まっさらな人間のような顔をする。付き合いの短い私には、それが綺麗な明美さんのための演技なのか、それとも明美さんの影響なのかの判断はできない。

「大君がお父さんか〜」
「全然イメージできないね。明美さんがお母さんなのはすごく想像できるけど」
「そう?」
「うん。すごく優しいお母さんになりそう」

 「子守歌が上手そう」と言えば、「なにそれ」と楽しそうに笑った。
 まだ大学生の明美さんに、お嫁さんを通り越してお母さんなんて言ってしまったけれど本人は気にせず、私の大人の姿を想像している。それを聞き流しながら、私も明美さんの将来を考える。
 明美さんが大学を卒業したら、二人は結婚するのかな。さっきの「親子に見えてもいい」というのは、家族に見えても、夫婦に見えてもいいというある意味プロポーズみたいな言葉だ。周りさえ許したら、大学卒業直後でなくても結婚しそうだ。絶対に明美さんのウエディングドレス姿、綺麗だろうな。式は挙げるのかな。参列者は組織の関係者ばっかりになっちゃいそう。幸せいっぱいっていう顔をするんだろうな。そしてきっとその横にはライと、私の会ったことのない妹がいる。

「ライ、明美さんを幸せにしてあげてね」

 勝手な妄想で胸がいっぱいになってライに力強く言えば、不可解そうな顔をされてしまった。

ヒトリヨガリ