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 そのうちバーボンがまた来てくれるだろう、そう思ったけれど「そのうち」はすぐには来なかった。だれど別に待つ必要なんてなかった。私が外出許可をもらったとき「一人で出歩くな」「外出はできるだけ僕がいるときに」と言ったのはバーボンだ。それなら、外に出たいと言って誘えばいい。私がパイプを作るのに合わせてバーボンの任務も減らされていることは知っている。
 思い立ったら吉日。私は組織から支給されたスマートフォンを手に取ってアドレス帳からバーボンを探した。

「もしもしバーボン、今何してるの? ひま?」

 電話が繋がった瞬間に畳みかけた。
 電話口から、バーボンがちょっと笑ったのを感じた。

「忙しくはないけど、どうしたんだ?」
「散歩に行きたいの」
「どこに?」
「どこでもいいよ。……あ、パン屋さんに行きたいかなー」

 バーボンは「パンくらい僕が」と言いかけて「わかった」と了承した。
 今までなら、バーボンや他の人に買ってきてもらっていた。でも好きに出歩いていいなら一緒に行きたい。その気持ちを理解してくれたようだ。

「できるだけ早く着けるようにするけど、もうしばらくかかるよ。それでもいいかい?」
「うん!」

 すでにお昼の時間。「もうしばらく」ってどれくらいだろう、そう思いながら返事をした。
 散歩に誘ったけれど、今日の目的はそれじゃない。やりたいことがあるから、あんまり遅いと困るけれど急かすわけにもいかない。通話の終わった画面を見たまま、できるだけ早く来てくれることを願った。
 ――さて、私も準備をしないと。
 相変わらずのベッドサイドから飛び降りて、私は壁際のデスクに向かう。デスクの引き出しは私の大切なものが仕舞ってある。その中の一番大きな紙袋から、赤い花柄の布を引っ張り出しすぐ使えるようにソファーの上に置いておいた。
 ――あとは、タオルがあればいいか。
 必要そうなものをソファーの上に投げ置いてから、私はデスクの上に出したままのクッキーの箱を持って部屋を出た。向かう先は玄関ラウンジ。ここでバーボンが来るのを待つ。
 こんな人通りの多いところで、と思うけれどなぜか外部の人も私を見て不審がらないから堂々とふかふかのソファーを楽しめる。この研究所が組織と関わりがあるなんて知らない人からすると、私はただの研究員の子どもにしか見えないのだろう。私にとって都合のいい勘違いだ。
 部屋から持ってきたクッキーを食べながら、私はスマートフォンを見る。
 アドレス帳には、バーボン、ライ、ベルモット、ジン、明美さんと竜太郎さんの連絡先。それとスコッチの名前。彼の電話番号は入れていない。どうせ繋がらないし。だけど名前がないのは変な気がしたから空のものを作ってある。今度ウォッカに会ったら、彼の連絡先も聞かないと。
 まだまだ少ないけれど、私が幹部になるころにはたくさん増えているのだろう。そして空になった名前も。
 受付のお姉さんと話していたスーツのおじさんが私に笑顔で手を振ってきた。それに私も笑顔で手を振って応える。
 ――平和だな。
 表と裏が入り交じる研究所。ここにいると私が組織の人間でも、ボンゴレの人間でもないような気がしてくる。
 クッキーをすべて食べ終わり、やることがなくなって地面につかない足をぶらぶらさせてバーボンを待つ。
 もう少し部屋で待っていたらよかったかな、と後悔し始めてからもう少し経ってからバーボンは来た。

「こんなところで待ってたのか」
「早く行きたかったの」

 バーボンは苦笑して「じゃあ、さっそく行こうか」と言って私の手を取った。
 周りの人たちが微笑ましいと言いたげな顔で見てくるのにむず痒くなりながら、ようやく念願の外の空気を吸った。ビルの窓ガラスに日の光が反射して、町がきらきらとしている。

「どこのパン屋に行きたいんだ?」
「そこの角を曲がって、道路を渡ったところ」
「え、そんな近くのパン屋かい?」
「うん。だってバーボンが車を通る道はダメだって言ったじゃない」

 渡らないといけない道路は片側二車線。小学一年生が渡るには危ない。だからバーボンがいるときに、と思っていた。
 バーボンは呆気にとられたような顔をしてから、くしゃっと笑った。

「ちゃんと覚えてたんだ」
「だって怒るじゃん」
「怒らないよ」

 私の手を握る力が強くなった。
 バーボンと私の身長差だと手を繋ぐのなんて大変だろうに、そんな素振りまったく見せずに歩くバーボンはさすがだ。伊達に組織の人間じゃない。
 私の足でも十分もかからず、パン屋に着きファンシーな装飾がされた扉をくぐった。

「何を買うんだい?」
「うーん、バケットかな」

 バーボンがトレーとトングを持ち、私がパンを選ぶ。
 あまりパン屋に来ることがないのか、バーボンは細かいデコレーションが施された菓子パンを興味深げに見ていた。特にここは、動物やキャラクターのモチーフのパンが多い。

「夜ごはん?」
「ううん、お昼ごはん代わりのおやつ」
「お昼ごはん食べてないの?」

 「遅くなってごめん」と謝るバーボンに、「食べてないこともないから大丈夫だよ」と口を滑らした。聞き流してくれればいいのにバーボンは「またお菓子をごはん代わりにしたのか!」と目尻をつり上げた。

「ほら、やっぱり怒るじゃん!」
「怒ってない」
「怒ってる!」

 そんなやり取りをしている間に、バーボンは会計を済ませた。
 外に出るとき、やっぱりバーボンは手を差し出してきたから私はその手を握ってバーボンを見上げた。

「晴れたね」

 バーボンは首をかしげた。

「最近、ずっと晴れているだろう?」
「曇っていたよ」

 そう言うと、バーボンはますますわけがわからないという顔をした。それが面白くて笑っていると、バーボンは「愛子」と低い声で私を呼んだ。
 別にバーボンの怒るようなことじゃない。

「青空はすべてを包むのよ。私は曇りも好きだけど、一つのことにとらわれて曇ったままだと、せっかくの青空がもったいないよ」

 私の好きな空の色が戸惑うように揺れた。

ヒトリヨガリ