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 パン屋からそのまま帰らず、近くのスーパーに寄ってから研究所に戻った。スーパーでカゴに入れた食材を見て、バーボンは私が何をしたいのか察したようだった。
 すでに事務に相談しているからバーボンに荷物を食堂に持って行ってもらい、私は部屋に戻り、ソファーの上に準備していたものを掴んで食堂に向かった。
 食堂の厨房で食材を袋から出したり物を洗ったりしていたバーボンは、私の持ってきた赤い花柄のエプロンを見て瞠目した。息をすることも忘れたようなバーボンの様子に、さすがに心配になる。「バーボン?」と近寄ると、ゆるゆると布を指差して「そのエプロン……」と消え入りそうな声で言った。

「うん。スコッチにもらった誕生日プレゼント。ずっと使うタイミングなかったけど、使わないとスコッチに悪いでしょ?」
「……ああ、そうだな」
「スコッチはノックだったけど、エプロンに罪はないし」

 バーボンの様子に気づいていないフリをして、私はエプロンを着けてから厨房に入った。
 タイミングがなかったわけじゃなくて、このエプロンはバーボンと料理を作るときに使いたかった。でもそれにはあまりにバーボンが憔悴していたから使えなかった。それもわざわざバーボンに言う必要はない。

「似合ってる」

 「ありがとう」と笑いかければ、少しだけバーボンの表情が和らいだ。
 ――さて、もうおやつの時間が近い。早く作ってしまわないと。
 私は腕まくりをしてまな板の前に立った。

「今日は何を作るんだい?」
「イタリアのサンドイッチだよ。本当はバケットじゃなくてチャバッタっていうパンを使うんだけど、あんまり売ってないからね」

 ここのパン屋のバケットは軽くてもちもちしてチャバッタに触感が似ているから代用だ。
 どうしてイタリアンサンドなんて知っているのか、バーボンは詮索してこなかった。誤魔化す言い訳はいくつか考えていたけれど、気にしないのなら助かる。

「僕は何をしたらいい?」
「うーん、挟むだけだからなあ。……あ、バケットに横に切れ目を入れておいて」
「了解」

 バーボンが切り込みを入れている間、私はドライトマトペーストとバターを混ぜてソースを作る。もうあとは生ハムとルッコラとチーズを挟めば出来上がりだ。
 簡単なのに美味しい。サンドイッチは最高の料理だ。
 お皿に乗せて、テーブルまでバーボンが運んでくれた。椅子に座って、さっそく一切れ手に取った。かぶりつくと生ハムの塩味とルッコラのほどよい苦み、トマトとチーズの風味が口に広がる。まさにイタリアという味。見た目も、生ハムの赤とルッコラの緑、チーズの白でトリコロールだ。
 バーボンも「美味しいね」と顔をほころばせた。

「前、サンドイッチを食べたのが、ついこの前みたいね」
「そうだな」
「私ね、長いことスコッチと一緒だったような気がしたのに、スコッチと一緒だった期間よりいなくなってからの方が長くなっちゃったことに気づいたの」

 バーボンは何も言わない。それでもいい。ただ私は私の考えをバーボンに伝えるだけだ。

「でも一緒にいたのは短くても、いなくなって寂しい。だから、たまにはこうやってスコッチのこと思い出すのに付き合ってよ。あ、私がスコッチと会う前の話も聞いてみたい」

 私もファミリーを亡くしたことがある。寂しさは一人で抱えるよりも、誰かと共有した方がいい。どれだけ悲しんで、どれだけ悔やんだって死者は蘇らない。残された者はただ前を向いて生きるしかない。だから私はバーボンに前を向いてほしい。前を向いて死を受け入れて、そして懐かしむ。そうしたら、きっとバーボンも笑顔でスコッチのことを思い出せるようになるだろう。どれだけの年月が必要かはわからないけれど。
 バーボンは微かに目を細めた。

「そのときもサンドイッチを食べながら?」
「……サンドイッチは別になくてもいいよ」
「でもサンドイッチが好きなんだろう?」
「スコッチの話する度にサンドイッチを作るのは面倒じゃない!」

 頬を膨らますと「冗談だよ」と笑って、それから「ありがとう」と私の頭を撫でた。
 ――ああ、慰めようとしたのがバレちゃったか。
 大人としてのプライドなのか、私に気負わせないために茶化したのだろう。そんなプライド捨ててしまえばもっと楽に生きられるのに。

「確かにサンドイッチをわざわざ作るのは大変だし、それならお菓子か何かでもつまみながら話そうか。……あ、でもごはん代わりにお菓子を食べた日はなしだよ」
「はーい。バーボンがスコッチの話を準備して、私が食べ物の準備をするね!」

 バーボンの何か言いたげな目を無視して「ね!」と、もう一度押し通した。

ヒトリヨガリ