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冷めて生ぬるくなったココアを一気に煽った。紙コップの底に沈殿して残ってしまったココアの粉を見つめながら、もう簡単にロッシに会えなくなるのかと今さら一人しんみりしていると、ピリリリと軽い電子音がどこからか聞こえてきた。隣のロッシを見れば、彼はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。そして「非通知から着信だ」と呟きながら携帯を開いて電話に出た。
「もしもし――」
わずかに胡散臭げな声だったのが、相手が何かを言った瞬間目を見開いた。サングラスの奥を注視すれ瞳孔が開いているのが確認できた。
「なんだお前! その声は、……なんでっ!」
ロッシの言葉だけではいまいち要領を得ないが、迫真に迫った表情からただ事でないことが窺える。そっと頭を携帯電話に近寄らせれば、微かに鼻にかかったくたびれた男の声が漏れ聞こえた。もっと耳を近づけたが、それ以上聞き取る前に通話が終わってしまった。
苛立たしそうに、電話の切れた画面を睨み付けていたロッシは舌打ちしてから携帯電話を閉じた。
「なんて悪質な悪戯だ」
「え? 悪戯なの?」
「……どんなトリックを使ったのか知らねえが、あいつから電話がかかってくるはずがないんだ」
私に返事したというよりも、自分に言い聞かせているようだ。
また舌を打ってから立ち上がると、手に持ったままだった紙コップを叩きつけるように近くのゴミ箱に捨て、そのまま去っていこうとした。慌てて私も駆け出す。
「ま、待ってよロッシ! どこに行くの!」
「愛子、お前はついてくんな。電話の野郎が何をしてえのかわからねえから危険だ」
「そんな危険なところにロッシを一人で行かせられるわけないじゃない! ねえ、なんて言われたの?」
ロッシは何も答えずにコインパーキングに停めてあった車に乗り込み、エンジンをかけるとカーナビを操作し始めた。
私は勝手に助手席に座ると下ろされないようにシートベルトを締めてから、カーナビ画面を見た。入力されたのは東京の端の区。住所を見ただけではいまいちピンとこない場所だった。
場所の確認を終えたロッシは無言のまま車を出した。カーナビが目的地の場所までの案内を始めた。
車を走らせていると気持ちが落ち着いたようで、ロッシはようやく重い口を開いた。
「電話の声は俺の親友だった」
「え?」
それならどうしてそんなに怒っているのと聞こうとしたが、それ以上に何か違和感を覚えて口をつぐんだ。そんな私に気づくことなくロッシは話を続ける。
「だが、あいつから電話がかかってくるはずがないんだ。……なんたって四年前に死んでるんだからな。なんであいつの真似をしやがるんだ、胸糞悪い」
ロッシは指が白くなるほど強くハンドルを握った。
「死んだって……」
「殺されたんだ。犯人はまだ見つかってねえ。もしかしたら電話のやつが犯人かと思ったが、今連絡をしてくるのはおかしいんだ。それにわざわざ声を真似る意味もわからねえ。だが、こんな悪趣味な喧嘩を売られたんだから買うしかねえだろ。あいつの仇を取る前にこの愉快犯を捕まえてやる」
いつになく饒舌に語るロッシは、何かに取り憑かれたかのようにまっすぐ前を見つめている。その様子に既視感を覚えた。どこで見たのかと頭をひねる。
――ああ、そうだ。ロッシが職場復帰を渇望していたときの顔だ。
「その親友さんの仇を取るのにロッシの仕事が関係するの?」
「……ああ」
「だからロッシは早く職場に戻りたかったんだ。ただのワーカホリックだと思ってたけど親友さんのためだったんだ。……大好きだったんだね」
「そんな気色悪いこと言ったことねえが、まあ大切な友人だったよ。……女癖悪いし、軽いし、一緒に夢を叶えたと思ったら死んじまうし、本当に勝手なやつだった。けど、そういうところも好きだったな」
ロッシはしみじみと吐き出した。その声には後悔が滲んでる。ロッシはおそらく二十代半ばだろうし、四年前ということは二十代前半で親友は亡くなってしまったのだろう。やりたいこともいっぱいあっただろうし、遊ぶ約束だってしたまま逝ってしまったかもしれない。そう思うと生半可な気持ちで声をかけられなかった。
車内が無言のまま車は走り続け、空が夕焼けに染まったころ目的地付近に到着した。
そこは町工場が集まった場所だった。
適当な駐車場に車を停めたロッシは「ここからどうすりゃいいんだ」と眉をひそめた。
「詳しい場所とか言われなかったの?」
「言われたのは町名だけだ」
とりあえず、あたりを調べてみようと車を降りると、また着信音が響いた。携帯の画面には非通知の文字。
私はロッシの腰あたりまでしか身長がないので、神社のベンチに座っていたときよりも電話相手の声が聞き取りづらいが、どうやら行く場所を指定されたようでロッシが歩き始めた。
数分歩くと倉庫郡がありコンテナが並んでいた。ロッシは電話を切るとコンテナの間を縫っていく。
「こっちから声が……」
ロッシについていくと、たしかに電話から漏れ聞こえた声が聞こえる。その声がしっかりと聞こえるようになったとき、やっとずっと感じていた違和感が何かわかった。
「ねえ、ロッシ、ちょっと待って!」
ロッシの服の裾を引っ張って止めようとしたが私の重さじゃ負荷にならない。
どんどん声に近づいていく。その声はやはりしわがれていて、とてもロッシと同年代に聞こえない。さっきロッシの言っていた親友の人物像ともかけ離れているように感じる。絶対に何かおかしいから止まってほしいのに、興奮したロッシは止まらない。