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 龍を注視しつつ松田も視界にとどめ、松田の死角から飛んでくる氷は力づくで壊していく。しかし、もう少しで松田が男に接触するというときに、松田は足を止めた。「何してるの!」と叫ぶが、松田は困惑した様子のままきょろきょろと何かを探している。
 龍の方はといえば、サイズが大きいからなかなか溶けきらない。
 幻術とは発想力がものを言う。私が幻術攻撃が苦手な理由のうちの一つだ。綱吉に巻き込まれるまで普通の家庭で育った私は、一般的な固定概念に縛られている。パイナップル頭の師匠や、師匠を尊敬して同じ髪型にする姉弟子、強制されているからとはいえ大きなカエルのかぶり物を被っている弟弟子とは根本的に価値観が違うのだ。
 ――考えろ、私。
 発想力が欠けているのなら知力で勝負するしかない。さっきは咄嗟に「氷には火」と思って火柱を出したけれど、氷を溶かすなら火よりも湯の方が早い。
 氷の龍を凌ぐ巨大な湯の龍を作り出し、そのまま氷の龍を頭から飲み込んだ。

「松田! まだ殴ってないの!?」
「あの男、どこに行きやがった!」

 ちらりと松田の方を見やったが、変わらず男はそこにいた。
 何を言っているのと怒鳴りそうになって、はっとした。よく目を凝らせば、男は蜃気楼のように揺らめいている。きっと自身に姿をくらます幻術をかけているのだろう。幻術はその力が弱い方がかかってしまう。あの男より私の方が圧倒的に強いので私は幻術にかからないが、松田は違う。
 男の姿が見えないのなら殴れないに決まっていた。

「松田、もっと前に進んで!」

 氷の龍が現れてはすぐに溶かしを繰り返しながら、私はじわじわと松田の方に近づき指示を出す。

「そのまま十時の方角に……、二時、三時……、九時の方に走って、そうそこ!」

 私の言う通りに動いた松田は、片足を踏み込み腰を落として右腕を振り抜いた。バキッといい音がして男がよろけた。
 強い敵ではないが、さすがに一発で沈むほど柔ではない。だが、殴られたことにより一瞬集中が乱れた。その隙をついて男の体に蔓を巻きつけ拘束し、逃げ出せないように檻に閉じ込めた。これで私が倒れない限り男は逃げられない。
 最後に右へ左へ動き回った松田はわずかに息を弾ませながら私の方まで歩いてきた。

「松田、お疲れさま」
「おう。……こいつどうするんだ。警察呼ぶか?」

 ポケットから出した携帯電話をぷらぷら揺らしながら言ってきた。松田から電話してもらったらスムーズにいきそうだけれど、その提案に首を横に振った。

「ボンゴレとしても私としても警察は困るから知り合いを呼ぶよ」
「知り合い?」
「雲雀恭弥。知ってる?」
「……そりゃ、警察らなら知らないはずねえだろ」

 さすが恭弥くんが並盛を支配下に治めるために尽力しただけあって警察官にも認知されているらしい。もちろん、いい意味ではなく悪い意味で。きっと公安にマークされているのだろうな。
 警察官の目の前で、違法すれすれどころか違法なことがバレるかバレないかすれすれの恭弥くんに電話をするのは気が引けるけれど、リュックからスマートフォンを取り出して恭弥くんの番号をタップした。電話はワンコールで繋がり、意気揚々とした声が届いた。

「誰が相手だい?」
「いや、今回は咬み殺してほしいわけじゃなくて処理をお願いしたいの」

 あからさまにやる気を失った恭弥くんに事情を説明しながら、私と松田は一旦外へ出ようとしたが扉のノブが動かない。

「はあ……。恭弥くん、朗報だよ。扉に鍵がかかってる。拘束している男は外から鍵をかけるような器用な真似ができるはずないから、外に仲間がいるだろうね」

 それを聞くやいなや恭弥くんは電話を切った。きっと楽しそうに咬み殺しにきてくれるだろう。
 扉を背もたれにして床に座ると、松田も私の正面に腰を下ろした。

「なあ、お前の魔法みたいなやつで外に出られねえのか?」
「魔法じゃなくて幻術ね」

 松田が新しいおもちゃを見せられた子どものような目をしているので、思わず笑ってしまった。恭弥くんが来るまでの時間潰しがてら口を開いた。

「使えない人からすると幻術と魔法って同じように感じるけど、実際は全然違うのよ。幻術は文字どおり『幻の術』。脳神経に働きかけて、ないのにある、あるのにないように見せるっていうのが大原則」

 私は松田の膝の上に拳ほどの大きさの蛙を作り出し、それを触らせた。松田の手は蛙をすり抜け、膝を触った。

「ね、ないでしょ。その蛙は幻だから触れない。ただ、力が強かったら本当に触っていると脳に錯覚させることもできるわ。私はまだまだ修行が足りないからそんなことできないけど」
「って言っても、ボンゴレってイタリアのでかいマフィアだろ。そこに入れるんだから大したもんじゃねえのか」
「まあ、そうだけど……。私自身の力じゃないというか……」

 励ますような言葉は嬉しいけれど、どうにも居心地が悪い。言い訳するように肩をすくめてみせた。

「八年前に事故に巻き込まれて強制的に幻術能力を開花させられたんだけど、そのとき使えるようになったのが、なぜか有幻覚だったんだ。有幻覚は触れるものを出すことができる、すごい能力なの」

 実際にパイナップルを幻術で作って松田に持たせた。松田はしげしげとパイナップルを観察し、棘に手のひらを当てて感触を確かめている。

「普通はできない有幻覚が当たり前のようにできるからボンゴレに勧誘されたの。そもそも、その事故がボンゴレのせいなんだけどね」

 松田は、マフィアの事故に巻き込まれたのかと顔をしかめた。でも実際は、ランボの十年バズーカがたまたま近くを歩いていた私に当たり、たまたま故障していたせいで私が精神世界に取り残されてしまったという間抜けな事故だ。

「まあ、そんなわけでボンゴレに入って色々勉強してみて、私は手品を応用して幻術を使うようになったから使えるのは大きく分けて七つ。出現、消失、変化、移動、停止、貫通、復活」

 そう言いながら、いつもやる分身を出したり瞳を赤色に変えた。
 すると、松田はまるで初めて忍者を見た外国人みたいに目を輝かせた。蛙とパイナップルは「へえ」という反応だったのに。ちょっと可愛く見えて松田の髪の毛をわしゃわしゃ撫でると嫌そうな顔をされた。
 そうこうしている間に外が騒がしくなってきた。恭弥くんでは肩慣らしにしかならない敵だから、すぐに片が付くだろうと立ち上がってお尻のゴミをはたく。
 タイミングよく、ガチャリと鍵が開きノブが動いた。

「そういえば、ボンゴレだから警察呼ばれるのは困るっていうのはわかるけど、お前としても困るっていうのはどういうことなんだ? その姿と関係あるのか?」

 新鮮な空気を吸い込み、松田の顔を見上げた。真剣な表情をしている松田には悪いけれど、それを明かすことはできないため「内緒」と笑って先にコンテナから出た。そして恭弥くんに男たちと松田のことを任せ、さっさと暗闇に紛れて研究所に戻った。

ヒトリヨガリ