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風が寒くなり、気づけばクローゼット中に厚手の服やカーディガン、レギンスなんかが詰められていた。いつ、誰が衣替えをしてくれているのかはわからないけれど、綺麗にクリーニングしてくれていていつもありがたい。最初、勝手に衣替えされていたときはバーボンの仕業かと思ったけれど、バーボンなら私がいるときにやればいいのだから、きっとこの施設内に紛れている組織の構成員がせっせとやってくれているのだろう。
今日はいつもより遠出をするから、ラベンダー色のトレーナーに白いスカート、グレーの編み柄レギンスを履いて動きやすと気温に考慮した格好。前にバーボンからもらったリュックに一応ライからもらったサングラスを入れてから背負って準備万端。
研究所から駆け出して、並盛や神社とは逆の方へ足を向ける。今日は新しい場所の散策だ。東京のことはもう十分知っているけれど、この姿だと新たな発見があるし、研究所の人たちに対する幼児アピールにもなる。
人でごった返す観光地を避けて細い道を歩いていれば見知ったもじゃもじゃ頭を見つけた。
初めて見るスーツ姿の大きな背中に向けて思わずロッシと呼びかけようとしたのを飲み込んでから「松田!」と言い直した。
ゆるりと振り返った松田の顔には相変わらずサングラスがかかっていた。そして私を認めてから気だるげに「おう」と片手を上げてこちらに歩いてきた。
「こんなところでどうしたんだ」
「それ、私の台詞。どうしたのスーツデート中?」
いつも松田が一人のところしか見たことがなかったけれど、今日は彼の隣には女性がいた。それもタイトなスカートスーツを着こなした、きりりと美人な女性だ。遊びのない短い黒髪なのに地味に見えず、そのシンプルさが逆に彼女自身の魅力を引き立てている。
にやりと笑って松田を見上げれば、「バカ言うな」と強めに頭を叩かれた。女性も嫌そうな雰囲気を隠しもせずに漂わせている。
細い道ということで、私たちの周りには極一般的な家が建ち並んでいるだけだ。もちろんデートに向くようなものもなく冗談でしかない。それは二人もわかっているはずなのに。美男美女なのに気が合わないのかな。
松田はめんどくさそうに肩をすくめた。
「聞き込みだ」
「すごい! 警察っぽいね」
「警察だからな」
「自称警察官じゃなくてよかったわ。ちょっとだけ頭をよぎったの」
「相変わらず失礼なやつだな」
ぐりぐりと私の頭を押さえる松田に、女性刑事が顔をしかめた。
「ちょっと、小さな女の子になにやってるのよ。もっと優しく撫でてあげなさいよ」
「撫でてねえよ。それに、こいつはこんなのでいいんだよ」
「よくないよ、お兄ちゃん! 私、繊細なんだからガラス細工に触れるように優しくしてよ」
「ほら、この子もこう言ってるじゃない」
白々しく子どもっぽく振る舞い、女二人で責めるような目を向ければ、松田は「ったく」とうんざりしたような顔をしながらもふんわりと私の頭を一撫でした。
「そうだ今度、飯に連れていってやるよ」
「二人で?」
「ああ」
「ごめんね。松田のこと保護者に軽く話したら、『たまたま知り合った小学一年生の女の子と仲良くしようとする大人の男と二人きりになるな』って言われたの」
「気に食わねえ保護者だな」
「何言ってるの松田くん、立派な保護者じゃない」
「だからってな。……おい愛子、ちゃんと『松田陣平は立派な警察官でロリコンじゃない』って保護者に言っとけよ」
松田は愉快そうに笑って「じゃなきゃ飯に行けねえからな」と言った。
松田はぶっきらぼうだしだらしなさそうに見えるけれど、実のところノリがよくて真面目で面倒見もいい。ふざけて適当なことを言ったりもするが、さっき結局ふわりと撫でてくれたように優しさもある。そう思って「松田って親戚の女の子の初恋を奪ってそうだね」と言えば、女性刑事が信じられないとばかり「こんな粗暴な男が!?」と声を荒らげた。
「無愛想だし、聞き込みのときの態度が最悪なのよ」
女性にそう言われた瞬間、松田がむすっとした顔に変わった。きっとこれが彼女が見ている仕事中の松田の顔なんだろう。だとしたらその気持ちはとても共感できる。とても小さな子どもに好かれそうではない。逆に泣かれそうだ。
「……しかたがねえだろ」
吐き出された言葉になぜか胸騒ぎがした。その表情か、声音か、それとも空気か。何かが警鐘を鳴らした。神社で会っていたときから時折、思い詰めた顔をすることがあったがそのときは何も感じなかった。だけど、今はそれを無視してはいけない気がした。
思いきって踏み込んだ話を聞こうとしたが、私が言葉を出す前にぱっと女性警官が腕時計を見て「そろそろ仕事に戻りましょ」と松田に声をかけてしまった。聞き込みということは何かがあったということだろうし私にはどうすることもできない。まさか嫌な予感がするから一緒にいてなんて、女性警官に対してならまだしも私が大人であると知っている松田に言うのは恥ずかしい。「じゃあな」と言って遠ざかっていく背中を見送りながら、私に超直感があったらと、ないものねだりをしていた。