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 私の生活は、おおむね普通の子どものリズムに合わせている。完全な幼児を演じきれないから、せめて環境くらいは幼児同じにしようという私の悪あがきだ。
 そういうわけで、用事がなければ夜は九時には寝ている。今夜もその三十分前には布団に入っていたはずなのに、目を覚ましたら車の中だった。後部座席に仰向けに寝かされたまま、低い天井を見つめる。外の光が黒い天井を彩る。
 運転席から、いつもの大柄な体がはみ出していない。代わりに銀色の長い髪が舞っている。

「ジンも運転するんだね」
「あいつは別の任務だ」
「ふうん。それで寂しいから私が一緒に行くの?」

 キンと殺気が車内に充満した。ちょっとした冗談くらい流してほしい。
 軽く謝りながら起き上がると、足元にいつものリュックが転がっていた。ファスナーを開くと財布やポーチ、サングラス、そしてスマホが二台。私物の方は電源が切れたまま。そっと、元あったリュックの底に隠した。

「ねえ、リュックを準備してくれたのってジン?」
「俺がそんなことをすると思うか?」
「思わない」
「ふん、そのまま持ってきた。何か足りないものでもあるのか」
「ううん。ないけど……」

 瞳の色を変えるときに使うサングラスは、あの観覧車の爆発の時にレンズが割れてしまっている。片方はフレームだけ、もう片方もレンズにヒビが入っている。
 人の多いところでは能力は使えないけれど、今から行くのは倉庫で、しかも任務の打ち合わせしかしないらしい。それならいいかと、メガネケースに戻した。

「せっかくライにもらったのに。フレームも歪んじゃってるから修理も無理かなあ」
「そのライに今から会えるぜ?」

 わずかに口角を上げたジンがルームミラーに映った。

「ライと任務?」
「ああ」
「三人?」
「もう一人、年寄りがいる。ただの囮だ」

 ということは、ライがスナイパーでジンが取引役、私は監視役か。ライとジンがいれば私はいらないような気がするんだけど、と思っていると心を読んだかのように「奴は信用ならねえからな」とジンが呟いた。
 不意に、この間明美さんとショッピングに行った時のことを思い出した。帰り道、ライが「今度、ジンと組むんだが何か気をつけることはあるか」なんて珍しくしおらしく聞いてきたのはこのためかと納得した。確かにジンに嫌われていたら任務どころじゃない。たいしたアドバイスはできなかったけれど、今日は私がいるからできるだけ間に入ろう。
 車はどんどん暗い方に進んでいく。そろそろ着くのだろう。準備をしようとして、ようやく寝巻きなことに気づいた。研究所内を歩き回るからパジャマではないけれど、でもファンシーなクマの顔が大きくプリントされたスウェット。うーんと悩んだけれどどうしようもない。ジンじゃなければ着替えを用意しているか聞くけど、ジンがそんなことをいちいち気にしているはずがないから諦めた。
 外の景色を眺めていると、前に松田と閉じ込められたコンテナ倉庫のそばだと気づいた。向かう先はコンテナ倉庫ではないけれど、そんなに昔のことでもないのに懐かしいなあと分身を飛ばした。

「あれ?」
「なんだ」
「たいしたことじゃないんだけど、なんだか人が多い気がして……」

 さっきスマホを見たとき、時間は十時を過ぎていた。工場や倉庫が多い地区は、夜は人気がなくなるはずなのに分身の目にはなにやら下町に不似合いな大人や車が映っている。
 私の言葉を聞いたジンはすぐに車を止めて、舌打ちをしてから胸ポケットから取り出した手帳に何かを書き込んでそのページを千切って私に渡してきた。

「その住所の場所を探れ」

 走り書きの住所を見ただけで分身を飛ばせるほど優秀ではないから、一回スマホでその場所を検索してから分身をそこに移動させた。
 ジンに言われた倉庫の周りを調べれば、闇に紛れるような黒色のバンが停まっていた。窓ガラスにはスモークフィルムが貼っているから中の様子はわからないけれど、人がいる気配はする。もし警察だとしたらライや老人はもう捕まってるかもしれない。不審なバンのことを報告してから倉庫の中を探った。中は電気がついていなくて真っ暗だった。だけど壁際にいくつか大きな荷物が積まれているくらいで広々としているからライが立っているのはすぐにわかった。

「ライは無事だよ」
「捕まってないってことは一網打尽にするつもりか、証拠がねえから俺たちの会話を盗むつもりか、……やつの仲間か」
「ライが裏切り者って? でもスコッチを始末したのはライなんでしょ?」
「ああ。だがアイツならできるだろう」

 ライのことを振り返ってみて、できないとは断言できなかった。
 その時、倉庫の扉が開いた。月明かりが倉庫の中に届く。

「おじいさんが入ってきた。囮の人かな」

 のんきに見ていると、黒いキャップを被った老人はちょうどいい高さの荷物の上に座り込んだ。
 その直後、壁際に置いてあったドラム缶の後ろから骨太のスーツ姿の男が出てきた。男は老人にここは危ないと教えて倉庫から追い出した。

「倉庫の中に隠れていた人、あそこが危ないってわかってたみたいだよ」
「決まりだな」
「うん。きっとあの人たちけいさ……」
「ライはノックだ」
「ええ!?」

 ジンはそう言うとハンドルを握った。そして倉庫とは逆の方に車を走らせた。

「なんでライが?」
「アイツは気に食わねえが、あんな狭い倉庫に他の人間がいることに気づかねえやつじゃねえ。知ってて倉庫に居続けたんだから仲間に決まってるだろ」
「ま、待って、外にも人がいるから出られなかったとか何か理由があるんじゃないの? っていうかどこに行くの」
「距離を取って逆にアイツら全員ぶっ潰してやる」

 ニヤリと笑ったジンをどう落ち着かせようかと頭を抱えた。

ヒトリヨガリ