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「だから、もうちょっと様子見てみようよ!」
「その間に逃げられたらどうするんだ」
「大丈夫だって、そうしたらちゃんと私が教えるから!」
倉庫から退避して工場裏に車を停めてから、ずっとそんな押し問答を繰り広げていた。すぐにライを始末する準備をしようとするジンと、ライがノックだと判明してからにしようと止める私。話し合いにもならない言い合いの間、ジンは色んな人に電話をかけるが手が空いている人がいないらしく舌打ちを繰り返していた。
ノックだと判明したのならジンがスナイパーを呼び寄せようとかまわないけれど、さすがに疑いのまま目の前で殺されたら目覚めが悪い。どうにか白黒つけようと、スマホの電話帳を開いた。
普段はすぐに繋がるけれど、さすがに時間が時間だから呼び出し音が長く続く。
その間も分身を通して倉庫の監視をしている。なんせ前からジンが「アイツはどうしてる」と聞いてくるから、その都度「動きはないよ」とか「スーツのおじさんはライと話さないまま出ていった」とか教えないといけないのだ。
このまま繋がらずに電話が切れるかと思った時、ようやく電子音が途切れた。無音の中に微かな雑音が混じっている。
「もしもし、どうしました?」
わずかに掠れた声に、少しだけ申し訳なくなる。
「ごめんバーボン、ちょっと緊急事態で……」
数度咳払いしたあと、いつもの穏やかな声で「どうしたの?」と聞いてきた。
「ライって警察の人だったりしない?」
「はあ?」
「バーボンって探り屋でみんなのこともちょっと調べてるんでしょ? そういう噂があったりしない?」
低く唸ったバーボンが、何があったのか聞いてきたので手短に今の状況を伝えた。相槌を打ちながら話を聞くバーボンは、だんだんと声が固くなっていった。そして、話終えると一呼吸置いてから「ライが警察とは思えない」と言い切った。すぐにそれをジンに伝えようとしたけれど、それを止めるように「ただ、警察以外の組織の人間の可能性は捨てきれない」と続けた。
「とにかく僕も調べてみるから、愛子はジンを止めておいてくれ」
「うん、今のところジン一人で行くには敵が多いから身動き取れないよ」
「それはよかった」
バーボンは安堵の声をもらすが、それを嘲るようにジンが「銃は一丁余ってるぜ」とグローブボックスを指した。その声がバーボンにも聞こえたらしく大きな舌打ちをした。
私を挟んでの喧嘩はやめてほしい。慌てて「車で大人しくしてるから!」と言い捨てて電話を切った。
「平和ボケしたやろうだ」
「日本にはちょうどいいでしょ」
「腑抜けやがったら、アイツのドタマもぶち抜いてやる」
「『も』って、ライを打つのはまだ待ってよ」
「今から調べたところで結果が出るのはいつになるかわからねえだろ。それともヤツを庇ってるのか?」
ジンは試すような目で私を見て、さっき指差したグローブボックスを開いて銃を取り出した。
私は綺麗な人間じゃないし、今さら偽りの仲間を撃つことくらい躊躇わない。それが任務なら。ボンゴレのためであるなら。
ボンゴレの御旗を抱いて、ジンに差し出された銃を受け取ろうと手を伸ばし、電話口のバーボンの優しい声を思い出した。
――バーボンは、きっと苦い顔をするだろうな。
今までもそうだったから、その表情がありありと目に浮かんだ。
――だからって、私には関係ないけれど。
ずしりと重い銃を受け取って、グリップを握った。小型銃だって今の私には大きいくらいだ。
覚悟を決めた私に何を言うでもなく、ジンは車を動かした。
見張りがいないことを確かめながら、ゆっくりと倉庫へ向かう。その間ももちろん監視は続けたまま。動きのない不気味な闇の中、一人佇むライを見て考えるのは明美さんのこと。もしライがジンに殺されたら明美さん、泣くだろう。愚痴くらい付き合ってあげよう。
なんて思っていると、倉庫に変化が起きた。
さっき老人を倉庫の外へ出した男が、また戻ってきたのだ。そしてそのまま真っ直ぐライに近寄り、「すみません」と頭を下げた。不動だったライも、その声に合わせて身体の力を抜き「仕方ないさ」と慰めるように男の肩を叩いた。その時のライは、私だけでなく、バーボンやスコッチの前でさえしないような素の表情をしていた。瞬間に、この男がライでも諸星大でもない、スーツの男の仲間だということを悟った。
そのことに何も感じることはない。ただ私はその瞬間、倉庫よりもスーツの男の仲間の正体を探った。
「ライ、FBIだった」
分身の目が見たものをそのままジンに報告しながら、バーボンにも同じ文言でメールを打った。ジンが愉快そうに笑うのと、バーボンからの返信は同じタイミングだった。「僕も合流する」というメッセージに、「間に合わないと思うよ」と返した。
「バーボンはなんだって?」
「こっちに来るってさ」
「あの野郎がFBIを相手にできるとは思わねえが、盾くらいにはなるか」
私よりバーボンの方が役に立つと思うけれど、逆に私が盾のもならないという意味かもしれない。
バーボンが向かっていると知っても、ジンはそれを待つことはない。愉しそうなジンの顔を見て、きっとバーボンは無駄足になるだろうなと同情した。
左手に握っていたスマホの画面に、メッセージが浮かんだ。「僕はライに用がある」。思わず目をつぶって目頭を揉んだ。殺る気になっているジンを止めるなんて無茶なことを簡単に言わないでほしい。
もう一度、倉庫に意識を集中させた。
中にはライと大柄なスーツの男。傍のバンにいるのは三人。もう少し離れたところにペアが三組。FBIは合計十一人。
ジンに報告した時と変わらない。私とジンでギリギリ対処できるかどうかの数。
ゆっくりと息を吸った。
「近くの工場に人影が。中に五人。……それに怪しい車が三台、倉庫の方に向かっている。中の人数はわからないけど大型ワゴン」
ジンは舌打ちをして車を停止させた。
思い通りになってくれて安心した。きっとジンならこの戦力差で突撃しないと信じていた。
分身の目で十一人の姿を見ながら息を吐く。
あとは、バーボンが合流してから工場の人たちは引き上げたと言うでも、適当に幻術で誤魔化すでもすればいい。
「アイツの護衛ってか?」
「それは知らないけど」
「気に食わねえ野郎だ」
ジンは殺気だちながらハンドルを動かしUターンして車を走らせた。
「え、ちょっと、バーボンを待って倉庫に行くんじゃないの?」
「知るか」
ジンが慎重な男だって失念していた。ジンは「殺せねえならここにいる意味はねえだろ」と取りつく島がない。たしかに二十対三なんてリスクの高いことをする必要はない。
ばたりと横に倒れて、スマホの画面を見つめた。
ごめん、バーボン。ライを殺すのを止めることはできたけど、ライと喋るのは無理そうだ。