05

 チョコレートのあまーいケーキも大好きだけど、フルーツの甘酸っぱいさっぱりしたトッピングと、とろっとしたカスタードクリームがたっぷり乗ったタルトも大好物。甘いだけだとすぐに飽きちゃうけど、タルトだといくらでも食べられる。
 そう思って四切れ目のタルトケーキをお皿に乗せた。よっつめはメロンのタルト。これも美味しそうだ。体が小さくなって食欲も成長期の頃に戻ったのか、元の姿だといくらタルトでもよっつも食べられなかったのに今はペロリと胃袋に入っていく。
 フォークで先端を一口分すくい、今か今かと待ちわびる口の中に入れれば、口内にメロンの豊満な香りとさっぱりした甘い果汁が広がった。

「美味しそうに食べるのね」

 目の前に座る、ベルモットと名乗った美女が笑った。部屋に入ってきたときの、すました顔も十分美しかったけど、今の笑った顔も私の好みだった。

「だって美味しいんだもん。さっきのブドウのタルトも、その前のチョコタルトも、チーズタルトも全部美味しいよ! こんな美味しいの久しぶり」

 なんたって、この潜入捜査が始まる少し前まで別の長期任務にあたっていたのでケーキどころかまともな料理すら食べてなかった。この任務の前に何かパーティーでもあれば、お腹いっぱい美味しいもの食べられたのに。そしたら、こんなにガツガツケーキを食べることもなかったんだけどな。

「そう」
「そうだよ。……本当にベルモットは食べなくていいの? すっごく美味しいよ?」
「いいのよ。あなたに食べさせるために持ってきたんだから。あなたの年齢だったらもっと大きくないといけないのよ。もっと食べなさい」
「はーい」

 傷も癒え、点滴生活からお粥生活に変わって数日。ようやく昨日、普通の食事をとれるまでになった。とは言っても傷は骸の幻覚。実際は傷なんてなく、元気な体だったので味気ない食事に飽き飽きしていたのでベルモットが持ってきてくれたケーキが神からの恵みのように感じた。
 メロンのタルトを食べ終え、最後の一切れ、イチゴのタルトを崩さないように慎重にお皿に乗せた。

「もう最後ね。次は何が食べたいのかしら。明日か明後日には持ってくるわよ」
「え、そんな! そこまでしてもらったら悪いよ」
「いいのよ。私が好きでやってるんだから」

 にっこりと笑うベルモットに「神か」と口走りそうになった。あぶないあぶない。代わりに口角を上げて「わーい! ありがとう!」と無邪気に笑った。

「それで、何がいいの?」
「うーん……。あ、そうだ、ベルモットの食べたいやつがいい。それで一緒に食べよう? いっぱいケーキ食べられるのも嬉しいけど半分の量でも一緒に食べたらもっと嬉しいな」
「変なこと言うのね」
「変かなー」
「変よ。でも、嫌いじゃないわ」

 ベルモットはベットサイドテーブルに置いたティーカップを取り、静かに紅茶を飲んだ。

「でも、私はあんまり甘すぎるものは食べないわよ」
「それでもいいよ」
「たとえばビターチョコとか、苦いものが好きよ?」
「うげ、苦いのは……」

 顔をしかめると、ベルモットは笑いながらティーカップをソーサーの上に置いた。

「冗談よ。甘すぎるのは好きじゃないのは本当だけど、苦いケーキ以外も好きだから安心して?」
「……ベルモットが好きなら苦いのでもいいよ? あ、でも甘いのも買ってきてね!」
「愛子がもっと大きくなったら苦いケーキを一緒に食べましょ。それまでは甘いケーキに付き合うわよ」
「本当? 嘘じゃない?」
「こんなことで嘘なんてつくわけないじゃない」

 それもそうだけど、どうもバーボンにしてもベルモットにしても、聞いていたより優しくて拍子抜けだ。リボーンよりも断然優しい。彼らのやっていることを実際に見ていないから、本当はちょっと悪いだけの組織じゃないのかと思えてくる。まあ、もし悪い組織じゃないのなら、大きなベッドでゴロゴロ昼まで寝て、美味しいケーキいっぱい食べて、美男美女と楽しくお喋りしてるだけで任務していることになるんだから儲けものだ。
 イチゴタルトの最後の一口を食べ終えると、すぐにベルモットが片付け始めた。

「もう帰るの?」
「ええ。次の用事があるのよ」
「忙しいんだね」
「今は少しやることが多くてね」

 そういいながら荷物をまとめ、壁にかけていたコートを着ると「じゃあね」とだけ言って早々に部屋を出ていった。
 幻術を使うまでもなく、ベルモットが誰かを始末しに行ったのは部屋を出るときの彼女の目でわかった。さっきまでここで笑いながらケーキの話をしていた人が少しあとには誰かを殺すというギャップには、長いことマフィアに身を置いているけど慣れなかった。ただ、ギャップになれないだけで隣にいた人が誰かを殺しているという事実は慣れている。だから細かいことは気にせずに、次にベルモットが持ってくるケーキに思いを馳せながら目を瞑った。

ヒトリヨガリ