04
全身を包み込むような鈍痛で目が覚めた。どうやらまだ幻覚は持続しているらしい。あんな重体だったのに寝て起きたら元気なんておかしいから、と考えた骸がそうしたんだろうな。寝ている間、うなされていたのか喉がいたい。それに体が重く、動くのが億劫だ。
ぼーっとベッドに寝たまま、ふかふかの布団の感触を楽しむ。枕もふかふかで雲に乗っているよう。天蓋つきベッドで適度な閉鎖感につい気が緩み、かろうじて動く腕で布団をぼすぼすと叩いて遊んだ。
しばらく、ばたばたとベッドの上で泳ぐように遊んでいると、「おや、楽しそうだね」なんて声が降ってきた。
「ひっ」
私の小さな悲鳴に、先程話しかけてきた男が慌てて顔を見せた。
「ああ、驚かせたかい? ごめんね」
申し訳なさそうな表情の男は優しく微笑んで、そっと私の頭を撫でた。大きなたれ目の男は、犯罪組織に属しているようには見えない。ボンゴレの連中も持っていないような優しさと、にじみ出る誠実さにきゅんとした。
「僕はバーボン。君の名前は?」
「バーボン」。お酒の名前ということは、こんな真人間そうな彼も組織の幹部ということか。
「私は……、愛子」
「愛子? 名字は?」
「ない」
リボーンから指示されたとおり、名前だけ告げた。「お前はバカだから偽名なんて使ったらバレるだろ」なんて言われたのだ。あながち間違っていないから悔しい。
バーボンは私に名字がないことなんて気にした様子もなく、何度か確かめるように私の名前を繰り返して呟いてから、もう一度頭を撫でた。
「痛いところは?」
「全身」
「だろうね。ごはんは食べられそう?」
「わからない」
「フルーツとリゾットを用意するから、食べられそうなら食べてね。他にほしいものはあるかい?」
首を横に振ると、バーボンは頭から手を離しベッドから離れた。広いベッドは少し寂しくて、とっさに彼の腕を掴んでしまった。
「あ、えっと。……あの女の人は?」
「女の人? ああ、ベルモットか。彼女なら今はいないよ。どうしたんだい? 彼女に会いたい?」
「ううん、ちょっと気になっただけ」
会話が終ってしまった。何か話すことはと目線を揺らして考えていると、バーボンの小さな笑い声が聞こえた。
「ごはんは持ってこさせるよ」
大丈夫、どこにも行かないよ。なんて小さな子どもに言い聞かせるように言うから顔が赤くなった。外見的には5歳の子どもだけれど、中身は成人した大人なのだ。あんまり優しくされると照れてしまう。バーボンが電話で誰かにごはんを持ってくるように指示しているのを聞き流しながら、私は隠れるように布団に潜り込んだ。
「お喋りしないのかい」
「……したい」
「じゃあ、出ておいでよ」
もぞもぞと布団から顔を出すと、バーボンが体を起こしてくれた。肩と背中に触れた手は大きくて安心した。
私の顔を覗きこみながら「ここがどこかわかる?」と聞いてきたので、首を横に振った。「前にいたところは?」と続けて聞かれたので、また同じように首を横に振る。バーボンは顎を触りながら思案した。
「前にいたところで、何があったかわかるかい?」
「じっけん?」
「そう、実験だ。悪い人が君を使って実験してたんだ。僕たちはそれを知って君を助け出した。ここは安全な場所だから安心して」
犯罪組織が安全な場所なわけないでしょ、という言葉を飲み込んで、とりあえずといった具合に笑っておいた。「ほらー、無邪気な子どもですよー」なんて心の中で言う。と同時に脳内に骸のバカにした顔が浮かぶ。
たしかに私の演技は小学生レベルだ。けれど、まさか私が成人しているだなんて思いもしないだろうし、組織にバレることはないだろう。本当に今回の任務は簡単すぎる。情報を得るために動くわけでも、騙し討ちをするために取り入るわけでもない。ただ有事の際、ボンゴレが有利になるように立ち回るために潜入するだけなのだから。
バーボンは、私の雑な演技に疑問を持たなかったようで、優しい表情のまま「君のことは僕たちが守るよ」と囁いた。その声はとても甘くて、五歳の子どもに向けるものとは思えない。まさか彼はロリコンというやつじゃ……と恐怖を感じていると、彼は「その代わり」と言葉を続けた。
「その代わり、愛子にその能力を組織のために使ってほしいんだ」
ロリコンじゃなかった。もっと打算的な考えで動いていたらしかった。
バーボンがロリコンでないことに安心しながら、無邪気で何も考えていない子どもを装って頷く。
「能力を? うん、いいよ」
「そう言ってくれて嬉しいよ。じゃあ、その能力について教えてくれるかい?」
「うん、ちょっと待ってね」
前と同じように目を閉じ幻覚で目の色を変える。そして透明の分身を出す。
「目が、赤い?」
「赤?」
「知らなかったのかい? どうやら千里眼を使っている間は目が赤くなるようだね。……それで千里眼はどこまで見られるんだい?」
バーボンの言葉で分身を走らせた。
建物はボンゴレの屋敷とは随分違う。手狭な家の中はリフォームされているのかイタリアらしからぬ近代的なデザインだ。アパートのような建物を研究所として使用しているらしい。廊下を走っていると階段があった。下へ下へと階段を降りて、玄関ホールまでたどり着いたところで足を止めた。
「この建物の中までなら見られるよ」
嘘だけど。本当は分身を外に出すことだってできる。でも本当の実力を組織に教えるなんて馬鹿なことはしない。
「玄関に置いている花、きれいだね。アジサイ?」
「……ああ、そうだよ。他には何かわかる?」
「うーん……あ、玄関の暗証番号は81046でしょ」
「っ、そんなことまでわかるのかい?」
「ちょうど今、ドアを開けた人がいたから、手元を見たの。それだけだよ」
「なるほど」
納得したように頷き、他には、と目で訴えられた。
「うーんっと……」
「千里眼はどういう風に見えるんだい?」
「まず、この部屋の前が見えるの。そこから廊下を通って階段を降りて玄関に着いた……から、一瞬で全部消えるがわかるわけじゃないの」
「じゃあ、今この瞬間に部屋の前に誰かいるかを確かめることはできないってわけか」
「ううん。一回見たから一瞬で部屋の前を見ることはできるよ。玄関と部屋の前を同時に見ることはできないけど」
玄関の分身を消して、部屋の前に作り直すだけだから簡単な作業だ。バーボンは私の能力を復習するように呟きつつ、小さな手帳に文字を書き入れた。それを見て幻覚を解いた。全身の痛みが引いていないので長時間の幻術は堪える。
大きく息を吐いた私に気づいたのか、バーボンが私の頭を優しく撫で「ごはんまで少し寝ているといい」と寝かしつけた。
「僕は愛子の世話係になったんだ。遠慮なく甘えるといい」
大きなたれ目を細くさせ微笑んだバーボンは、ずるいくらいかっこよかった。