07

 私の部屋はとても狭い。たぶん、誰かの個人的な研究室だったところを使っているんだと思う。六畳ほどの広さはあるけど、ベッドとサイドテーブル、テーブルとソファーとクローゼットがあるから圧迫感がある。だけど、ボンゴレの屋敷の客間のようにだだっ広いところに寝かされるよりは、少し狭いくらいの方が落ち着ていい。それに病院の個室みたいドアの前に洗面所があるので、研究室というよりワンルームの部屋みたいで居心地がいい。
 こんなに狭いから、ゴミが少なくても散らかっているように見えるんだ。だから片づけはすぐに終わった。ケーキの箱をつぶしてゴミ箱に入れるだけなんだから簡単なことだ。まあ、五歳児の片づけレベルでできることを命令してきているんだから簡単で当たり前か。
 やることが終わったら暇になった。そもそも、ここに来てからずっと暇だ。私の任務は幹部になって潜伏することだけど、五歳の子どもが短期間で幹部になれるはずがない。そんな組織潰れてしまう。つまり数年はこの暇な時間が続くのだと思ったら恐ろしい。
 暇だ暇だと言ってもしかたがないので、クローゼットの奥にしまってあった、前にこの部屋を使っていた研究者の私物であろう文献を開いてみたが、全ページイタリア語で読む気になれない。イタリア在住歴数年だけどイタリア語で書かれた文献なんて、読んでいて頭が痛くなる。日本語だって嫌だ。文献をベッドに投げ捨てて、ベッドに大の字で寝転がった。小さくなって一番得したのは、シングルのベッドで広々と寝られるようになったこと。これはすごく嬉しいから、任務が終わっても寝るときは小さくなりたいと思ったほどだ。

「愛子?」
「はーい」

 扉の向こうからバーボンが私の名前を呼ぶ声がしたので、返事をしながらベッドから体を起こした。数秒待っても一向に入ってこないので、不思議に思いそろりと地面に足をおろした。そして裸足のままペタペタと扉の前まで近寄った。
 実は、目が覚めてから一週間ほど経つがまだ自分で扉を開いたことがない。扉を開けていいものか少し戸惑ったが、ここでうだうだ悩んでいても仕方がない。ドアノブの少し上で停止したままだった手でドアノブを握った。
 時計回しに少し捻ると、簡単に扉が開いた。
 目に飛び込んできたのはお皿にラップのかかったオムライス。

「オムライス?」
「あ、うん。ここのご飯が不味いって言ってただろう? だから、その……キッチンを借りて作ったんだ。見た目は不恰好だけど味は問題ない、はずだ」

 バーボンの言うように、たしかにオムライスのたまごは穴が開いて中のケチャップライスが見えているし、形は綺麗なラグビーボール型じゃない。でも、匂いはたまごとケチャップと、それからバターの匂いが漂っていて食欲をそそる。実際にさっきまでなんともなかったのにオムライスを見た瞬間、おなかがぐーっと鳴った。

「うん、うん! すっごく美味しそう! ありがとう、本当に嬉しい!」
「そんなに喜んでくれたら作った甲斐があったよ。でもお礼は食べてからの方がいいな。……さあ、早く中に入ろう」

 オーバーなリアクションに気をよくしたのか、しおらしい表情が一転して余裕のある表情に変わった。
 バーボンを中に招き入れると、昼間より片付いた部屋に気づいたバーボンに「ちゃんと片付けられてえらいな」と褒められた。五歳になってよかった点はベッド以外にも、大人だったら当たり前のことでも褒められるという点もあるようだ。
 一緒にソファーに座ってから、お皿を受け取った。テーブルにそっとお皿を置いてから、ゆっくりとラップを外した。さっきまでかすかにしか匂わなかったバターの匂いが一気に襲ってくる。

「おなかすいた?」
「うん。オムライス見たらすっごくおなかすいた。それにバターの匂いがいい香りで、早く食べたい!」

 バーボンからスプーンを受け取ると、両手を合わせ「いただきます」と力強く言ってから、勢いよくスプーンをオムライスに刺した。ぐっと掬って口に入れれば予想通りのバターの風味に舌が歓喜した。

「お、美味しい! ケチャップライスとたまごの比率が完璧だし、バターでコクが出てるし、それに――」
「はは、顔を見てたら不味くないのはわかるから、ゆっくり食べなよ。焦らなくても大丈夫」
「うん!」

 大きく頷いてから、口いっぱいにオムライスを詰め込むとバーボンは堪えきれないように吹き出した。「なに?」と言うかわりに首を傾げてバーボンの顔を見たら、ますます笑いが大きくなった。バーボンが落ち着くのを咀嚼しながら待っていると、しばらくして笑いがおさまったのか大きく深呼吸した。

「一度に口に入れなくてもなくならないよ。それによく噛まないと身体に悪いんだよ?」
「ひさしぶりにちゃんとしたごはんを食べたから、ついやっちゃった」

 少し行儀が悪かったなと反省して、スプーンを持つ手のスピードをゆるめた。

「バーボンってなんでもできそうだね」
「なんでもじゃないよ。料理だってあんまり得意じゃないし」
「え! これで得意じゃないの? すごく美味しいよ?」
「たまには作る程度だよ。得意ってほどじゃないさ」

 苦笑いを浮かべるバーボンを見ながら、それはバーボン自信のハードルが高すぎるんじゃないかと思った。きっと、バーボンの「得意じゃない」は文字通り受け取らない方がいいんじゃないかな。
 バーボンは私とは違ってすごい人なんだろうな。こんな裏の組織にいていい人材じゃない気がする。もったいない。まあ、それは本人が決めることか、と一人で小さく頷きながら最後の一口をスプーンで掬った。

「ごちそうさま! ありがとう。美味しかったよ」
「どういたしまして。これから、時間に余裕があるときは作ってあげるよ。……あ、レパートリーなんてないからリクエストは受け付けないよ」
「わーい、やった!! うんうん、リクエストなんて大丈夫だよ。バーボンの作るのは全部美味しいだろうから」
「おっと、そんなプレッシャーをかけないでくれよ」
「ごめんね。でもバーボンの作る料理は美味しいって信じてる!」
「じゃあ、期待にそえるように頑張らないとね」
「楽しみにしてるね」

 バーボンは「任せて」と笑った。

ヒトリヨガリ