08

 毎日毎日、狭い部屋の中で過ごすのも飽きた。そりゃあ最初は憧れのニート生活だなんて喜んだけれど、何もすることがなければ時間を持て余すだけだ。毎日十時間以上寝ていると、寝過ぎなのか頭痛に悩まされてこれは幸いとバーボンに相談したら「寝ている間も汗をかくから、長時間寝ていると体の水分が減るんだ。いわゆる脱水症状だね。だから寝る前と起きてから、たっぷり水を飲むといい」と、さらっと解決されてしまった。頭痛は解消されたけど、暇はなくなってない。
 あまりの暇さに、意識をボンゴレ邸に飛ばしてみたが、すぐにリボーンにバレて大目玉を食らったし、この研究所は初日に調べ尽くした。研究内容は私のちっぽけな脳ミソじゃ理解できないから暇潰しにはならない。透明な分身で外を出歩くのも考えたけど、これまた回転の遅い私の頭じゃ、私が知るはずない外の出来事を口走って本当の能力がバレてしまいそうだから却下した。
 唯一の救いは、二日に一度は必ずバーボンが来てくれること。ベルモットは三日か四日に一度しか来てくれないから、バーボンが頼みの綱になっている。ご飯を届けに来る人たちは、私が話しかけても反応しないし、本当にバーボンがいないと私の言語能力が壊滅的になるんじゃないかと恐怖している。
 昨日はバーボンが来なかったから、絶対に今日は来るはずだ。今まで下手にでて「部屋から出たい」なんて言わなかったけれど、もう我慢できない。バーボンが来たら外出許可をもらおう。
 何度も読み直した、バーボンからもらった日本語の絵本をまた最初から読み直していると待ち人が来た。

「バーボン!」
「おはよう、愛子」
「おはよう!」
「なんだか今日はいつもより元気だね」

 少し驚きながら、バーボンはソファーに座った。私もベッドから起き上がり駆け足でソファーまで行き、どすんとソファーに飛び乗った。

「元気じゃないよ!」
「うーん、僕には元気に見えるんだけど?」
「元気じゃない! 毎日毎日、ベッドで生活していて暇で暇でしかたなくて元気じゃなくなってるよ! ほら、すごく悲しそうでしょ」
「なるほど」

 全然悲しそうな顔なんてしていないが、バーボンは「そうだね」と頷いた。これはいけるんじゃないか。

「たぶん、お外に行ったら元気になるなあ」
「ふむ、お外か……」
「ダメ?」
「愛子の体調もよくなったし、気分もいいみたいだから散歩でもしようか」

 思いの外、すんなりと話が通ってしまった。え、そんな簡単に外に出していいの? 私の今までの我慢ってなに?
 そんな私の気も知らないで、バーボンは「もう一ヶ月以上こもりっきりだから体がダルくなってるね」と笑いながらクローゼットの中を探り、服を一着出してきた。白いブラウスと黒のフレアスカートと白いソックス。
 あれ、噂に聞いていた全身真っ黒コーデじゃないなと首を傾げたら、それを見たバーボンが勘違いしたようで「さすがにその入院着みたいな服だと目立つからね」と言って服を渡してきた。そっか、そういえばバーボンもここに来るときはいつも全身真っ黒ではない服を着ていた。今日もテーラードジャケットとズボンは黒だけど、中の薄いセーターは白だ。
 納得して服を受けとると、すぐにバーボンは部屋を出た。
 ドアが閉まりきってから、入院着をバッバと脱ぎ捨てて服を着た。さっさと着替え終わってドアを開けようとしたところで、待てよ、と思いとどまった。
 もしかして五歳児だったらもう少し時間がかかるかも。スカートはともかくブラウスには小さなボタンがついているんだから、もう少し待ってから出た方がいいのかもしれない。
 そうと決まれば時計を見上げながら時間をつぶして、適当な頃合いを見計らってから外に出た。

「お待たせ!」
「いや、大丈夫。……さあ行こうか」

 バーボンは自然と私の手を繋いで歩き出した。
 階段で一階まで降り、少し歩くと前に千里眼で見た玄関ホールに着いた。玄関ホールにはあのときのアジサイではなくダリアが飾られている。いったい誰がこの花を変えているのだろう。
 バーボンが古いアンティークのような木のドアを開いたら、外の新鮮な空気が流れてきた。少しひんやりとしている。

「肌寒くないかい」
「うん、大丈夫」
「疲れたらすぐに言うんだぞ? 愛子はずっと動かない生活をしていたんだから、筋力も衰えているだろう?」
「大丈夫だよ」
「外には危ない人もいるから、あまりキョロキョロしたり勝手に歩き回ったらダメだからな。手を離したらしばらく外出は禁止にするから。……わかったか?」
「はーい」

 厳しすぎないか、いや五歳の子どもに対してならこれくらい当たり前か? ううーん、こんなことなら任務前に幼稚園にでも視察に行けばよかった。
 バーボンの口うるさい注意を聞き終わると、ようやく外に出ることができた。
 外は路地裏だった。薄暗くてあまり外に出たような気はしない。路地裏を出ると、ようやく日の光を浴びることができた。人通りの少ない地域のようだが、生活感はあるから無法地帯ということではないらしい。日本と違って綺麗に舗装されていない地面は小さな足ではバランスがとりにくく歩きにくい。歩く速度がゆっくりになると、バーボンもゆっくりと私の速度に合わせてくれた。ベルモットはたぶん、そういうことをしないだろう。それに骸や雲雀も。やっぱりバーボンは変わってる。もしかして、綱吉みたいに親が組織の人間だからバーボンも組織に身を置いているタイプなのかもしれない。

「どうかしたのか?」
「ううん。……こんなに歩くの大変だったっけ、って思っただけ」
「だから筋力が衰えているって言っただろう? 気をつけないと転ぶよ。……ああ、向こうから人が来た。こっちにおいで」

 狭い道ではないのに、前から人が来たと言って私を壁際に移動させ、ぎゅっと近寄った。なんだなんだ、どうしてこんなに近いんだ。それに外に出てからバーボンがやけに周囲を気にしている。警官がいたり敵がいたりするわけではないのに、どうしてだろう。

「バーボンもキョロキョロしてると転ぶよ?」
「僕の心配はいいから、愛子は自分の心配をしてなさい」
「はーい」

 家のベランダの柵に飾られた花や、綺麗ではないが外国らしさを感じさせる建物の外観を見ながらのんびり歩いていると、研究所を出てまだ十分もしていないだろうにバーボンが「そろそろ帰ろう」と言って立ち止まった。

「ええー、まだ出たばっかりだよ。ねえ、もうちょっと!」
「ダメ。愛子は気分がよくて気づいてないだろうけど、もう体が疲れていている。無茶をして寝込みたくはないだろ」
「今もベッドの上の生活だよ」
「寝込むとしんどいぞ」
「我慢できる」
「できない。できたとしてもダメだ。……それにこの先には大きな道があって人が多いから危ない。どっちにしろこの先にはいけ行けないんだ」

 バーボンの意思は固いようで、私が何を言っても変わらないことがわかった。しかたがない、今日はここまでで諦めるか。
 次にバーボンが来たときも散歩に連れていってもらおう。

ヒトリヨガリ