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 珍しくベルモットとバーボンが二人で部屋に来た。挨拶も疎かに、ベルモットはクローゼットから服を数着出してきて、そのうち一着を私に投げてきた。残りの服は丁寧に、しかし素早く畳まれてバーボンの持っていた大きな鞄に詰め込まれた。そのまま、あれよあれよというまま外出の準備をさせられ、研究所から連れ出されて気づけば列車に乗ってボックスシートに座っていた。目が回るようなスピードですべてが進んでいた。

「ねえ、今からどこにいくの?」

 目の前に座るバーボンと横に座るベルモットを見ると、二人は驚いたようにパチリと目を瞬かせた。

「あら言ってなかった? バーボンから聞いていないの?」
「僕はベルモットが事前に連絡していると思っていましたよ」
「何も聞いてないよ。急に二人で押しかけてきて、あっという間に列車に乗せられているからビックリしたんだからね! ……それで、どこに向かっているの?」
「ヴェネツィアっていうところよ。水の都って言われているから楽しみにしていなさい」

 ベルモットからヴェネツィアのパンフレットを受け取ってパラパラとめくると、ヴェネツィアで有名なゴンドラや運河の写真がたくさん載っていた。

「水の都かあ……。楽しみだな。どうして急に行くことになったの? 旅行?」
「僕たちは用事で行くけど、愛子は旅行かな」

 ああ、仕事だなと気づいてパンフレットに視線を落とした。これは向こうで下手な行動はできないな。

「ずっと用事があるわけじゃないから、時間があるときは一緒に観光に行こうか。……とは言っても、有名どころは半日もあれば回れそうだけど」
「じゃあ、ゆっくり回らないとね! ベルモットも一緒に行くの? ベルモットとお出かけ初めてだから楽しみ」
「ええ……まあ、そうね。一緒に行こうかしら」

 絶対に一人で行動しようとしていたな。でも無邪気な子どもの笑顔を使ってベルモットを観光に巻き込むことが成功した。
 ふんふんと上機嫌で鼻唄を歌いながら薄いパンフレットを眺めていると、後ろから「あらあら」という老婆の声が聞こえた。振り返ると、後ろの座席のおばあちゃんがニコニコと笑ってこちらを見ていた。

「お嬢ちゃん、お母さんと一緒に行けてよかったね」

 少し訛っているが、確かに日本語でそう言った。髪は白く判断できないが、目は透き通るような青いため日本人ではないことがわかるので驚いて、ベルモットがお母さんと言われたことなんて気づかずに「日本語わかるの?」と聞いてしまった。
 おばあちゃんは気にしていない様子で「わかるよ。知り合いに日本人がいるんだ」と懐かしむような顔で言った。

「それに日本にも行ったことがあるんだよ。お嬢ちゃんが生まれる、ずいぶん前だけどね」
「日本のどこに行ったの? 楽しかった?」
「行ったのは東京だけだけど、楽しかったよ。お嬢ちゃんに似た可愛い女の子にも会ってね。……親切な子だったよ。お嬢ちゃんを見てると、そのときのことを思い出してつい話しかけてしまったのよ」

 その女の子を思い出してか優しく笑いながら、おばあちゃんはベルモットとバーボンの方を見て「お邪魔しちゃってごめんなさいね」と軽く謝った。

「いえいえ、これも何かの縁ですから。……その女の子とは連絡を取っているんですか?」
「その場限りだったよ。今頃どうしているのかしらねえ」
「何歳くらいの女の子だったんですか?……不思議な縁ってありますから、もしかすると僕たちの知り合いにいるかもしれませんよ?」

 やけにつっこんで聞いていくなと思いながら、私の頭上で会話する二人の話の行方を見守る。隣のベルモットは興味をなくしたようで、汽車に乗る前に買った雑誌を読み始めた。
 おばあちゃんはバーボンの質問に斜め上に視線をやり、消えかかった記憶を探るように眉をしかめながらゆっくりと話した。

「そうだったら素敵なんだけど、なんせ年齢も聞いていなかったし、見た目もどうも……。もう十年も前のことだからねえ。……ああ、でも一緒にいた男の子たちは中学生だって言っていたはずだわ。男の子たちの誰かの妹さんじゃないかしら?」
「さすがに、それだけじゃ特定できませんね」
「そうね。少し残念だわ。まあ本当に縁があればまた会えるでしょうから、それを楽しみにしているわ」

 話は終わったようで、おばあちゃんは可愛らしく「チャオ」と言って席に座った。
 バーボンが何やら考え事をしているようなので、もしかするとバーボンの友達に、おばあちゃんの言っていた女の子に似た人がいるのかもしれない。中学生の男の子の妹さんなら小学校高学年から中学生になったばかりくらいか。それの十年後だったら、今はだいたい二十歳前後。バーボンが何歳かはわからないけれど、二十歳代だろうし。……もしかしておばあちゃんの言っていた中学生の男の子たちの中にバーボンがいたのかも?
 考え事をするバーボンの前で、私も同じように考え事をしていると、ベルモットがため息をついて小声で「そんなんだから、家族と間違えられるのよ」と言ってバーボンを見た。

「え? ……ああ、さっきの方ですか」
「ええ。あなたたち今、同じ表情で考え事してたわよ。まあ、家族に見られた方が都合がいいんだけどね」
「そうですね。関係を聞かれても困りますし」
「じゃあ、バーボンがパパンでベルモットがママンね!」
「ヴェネツィアにいる間は愛子は僕の娘だね」
「愛子が娘なのはいいけど、バーボンと夫婦っていうのはなんだか嫌ね。仮面夫婦ってところかしら」

 意地悪くベルモットが笑いながら言ったのがおかしくて笑っていると、腕時計を見たバーボンが「もうしばらくしたら着くよ」と教えてくれた。パンフレットを私が背負う小さなリュックに入れて、食べたものを片付けて降りる準備をしているとそれからすぐに目的地に到着した。
 列車が停車し、たくさんの人が降りていくのを見ていると、さっきのおばあちゃんも降りていった。混雑がやわらぐと、バーボンとベルモットが荷物を持って立ち上がったので私もそれに続くと、いつぞやのように真面目な顔をしたバーボンが私を見た。

「ヴェネツィアは観光地で人が多いから、絶対にはぐれるんじゃないよ。日差しが強いから気を付けないといけないし、治安はいいけれど周りをよく見て歩くんだぞ」
「はーい!」

 早く降りたくて元気に手をあげて返事をすれば、本当にわかっているのかと疑う視線をもらったが、そのまま列車を降りた。

ヒトリヨガリ