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ホテルに入ったとき、唖然とした。
ぽかんと間抜けに口を開いたまま私はホテルの内観を眺めていた。私が呆けている間にバーボンはチェックインを済ませていた。
私が呆けてしまったのもしかたがない。だって、あまりにもホテルが高級だったんだから。ホテルに行くのにゴンドラに乗り、そのままゴンドラからホテルの玄関に降りた瞬間に嫌な予感はしていた。そしてその予感は的中した。嫌な予感と言ってしまうのはホテルに失礼だけど、でも私は豪華絢爛なホテルよりも落ち着いたシンプルなホテルの方が気持ちが楽だった。私のような庶民出身には、このホテルは華やかすぎて気が休まらない。
そもそも黒の組織って裏社会の存在でしょ? こんな高級なホテルに泊まっていいの? もっとあるじゃない、無法者が泊まる宿くらい。
なんて思ったが、バーボンはともかくベルモットが薄汚れたホテルに泊まっているのは想像できないので、だんだんこのホテルが正解のような気もしてきた。
それから、バーボンに促されて遅めのランチを食べさせられ、気づけば日が暮れベルモットはバーボンを連れて出かけていった。ディナーの時間には帰ると言ったので、おそらく今日は下見だけだろう。
出かける前にバーボンに耳にタコができるくらいホテルから出るなと言われたので、言い付け通りにホテルの部屋で大人しくしていたけれど、壁際の台は大理石、金属は金色でピカピカ輝いているし目がチカチカしてきた。唯一の救いは天井が低くて少し狭いこと。だけど部屋を狭く感じさせる一番の理由は調度品の存在感だからやっぱりやってられない。しばらく部屋にいたけど、堪らず部屋を飛び出してしまった。
ウロウロと歩き回り、最初にホテル入ってきたときのロビーに戻ると、ぐるりと見回した。入ってきたときは唖然としていて気づかなかったが、歴史を感じる古さや、豪華さの中にある厳かさや、石でできた階段を見ていると――。
「魔法使えそう」
「どこのホグワーツですか」
気づけば口から出ていた言葉に、聞き覚えのある声が返ってきた。驚いて振り返り見ると、にこやかに笑った綱吉が立っていた。
「つ、綱吉!」
「はい」
「はいじゃなくて、どうして綱吉がここにいるの! ……まさか仕事?」
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ! 違いますよ、プライベートですから!」
じとりと睨むと綱吉は慌てながら手を振った。
それから私がここにいる理由を聞いてきたので、近くに人がいないことを確認してから綱吉をしゃがませて耳元でここに来た経緯を簡単に説明した。聞き終わった綱吉はなるほどと納得してから、にっこりと微笑んだ。この顔は絶対に何か企んでいる。
「それじゃあ、一緒にラウンジでパパンとママンを待っていようか」
「は?」
「一人で待ってて寂しかったね」
白々しい笑顔でそう言って、問答無用で私の手を掴むと奥に奥にと歩いていく。周りを見ても、私たちのことを怪しむ人はいないし、私たちを見ている人も微笑ましそうに笑って見守っているだけだった。
そして連れて行かれたラウンジは落ち着いていて、静かなところだった。ラウンジも十分高級感に溢れているけれど、部屋と違って壁は重厚な木だし、華美な装飾はされていない。それに席同士が離れているので小声で話せば周囲に会話が聞こえない。とてもよいところだった。
「大丈夫。一緒に来た人たちはまだ帰ってこないし、僕たちが一緒にいたことを伝える人もいないから」
「まさか、このホテルってボンゴレの力が加わってるの?」
「まあね。……あ、愛子ちゃんがここに来たのは偶然だよ。だからそんな目で見ないで!」
「っていうかまた『ちゃん』で呼んでるし! それにタメ口!」
「仕方ないじゃんか。その姿だとどうしても愛子ちゃんって呼びたくなるんだよ。だいたい俺が子ども相手に敬語っておかしいだろ? これでもボンゴレのボスなんだから」
「そうだけど……」
「任務が終わるまでの我慢だよ、愛子ちゃん」
絶対わざと呼んでいる。普段は年上の私に口出しできないからって……。
むくれていると、「そんな顔してると、ますます子どもっぽく見えるよ」だなんて言ってきた。誰のせいで子ども姿になっていると思っているんだと、綱吉を見上げて睨んでいるとそれが伝わったのか、よそを向いてハハハと乾いた笑いを浮かべた。そして話題をそらすように「何か食べる?」と聞いてきた。
「二人が帰ってきたらごはん食べるからいらない」
「でも帰ってくるの遅いよ?」
「えー、何時くらいになりそうなの」
「さすがにそこまでは……。でも、まだしばらく帰ってこない気がするよ」
綱吉の直感がそう言っているのならそうなんだろう。
それじゃあ何か軽食でもと言うと、すぐに綱吉がウエイトレスを呼んで適当に頼んでくれた。
頼んですぐにサイコロ状に切ったトマトの上にモッツァレラチーズが乗った料理が運ばれてきた。美味しくてパクパクと、フォークがお皿と口とひっきりなしに往復した。それを食べ終わると、スイーツが二皿運ばれてきた。一つはイタリアのお菓子であるアマレッティが乗っている。もう一つはなんだろう。チョコレート系だということはわかるけれど。
テーブルに置かれた、チョコレートのお皿を見ていると綱吉がふふっと笑った。
「それはファッジって言うんだ。イギリスのお菓子で、例の魔法使いの小説にも出ているんだ。まあ、ここのファッジは小説と違ってチョコレートだけどね。ウイスキー漬けのドライフルーツが入っていて美味しいよ」
お茶目に笑う綱吉を見ながら、一口大にカットされた四角いブロック状のチョコレートを口に入れると、ウイスキーの香りが鼻に抜けた。
「美味しいけど……、これ私食べて大丈夫なの?」
「ウイスキーボンボンみたいなもんだから、たくさん食べるのはよくないだろうね。だから、愛子ちゃんが食べられるようにビスコット・アマレッティも頼んだんだ。ファッジは俺が食べるよ」
綱吉はファッジの乗ったお皿を自分の方へ引き寄せた。
アマレッティは軽い食感のクッキーのようなもので、甘くて美味しい。一緒にコーヒーを飲みたくなるのに飲めないのが残念だ。
それからしばらくは、最近あったリボーンの無茶ぶりの話や、みんなの近況の話を聞いてゆったりとした時間を過ごした。そしてディナーの時間には少し遅くなったころ、綱吉はさっきまで喋っていた言葉を止め、「時間みたい」と少し残念そうに肩をすくめた。
「もう少しで帰ってきそうだよ」
「あっという間だね」
「もっと喋っていたいけど、そうも言ってられないからね。まあリボーンの話なんて任務が終われば嫌と言うほど聞けるさ」
「嬉しいような、嬉しくないような?」
「ほらほら、そうこう言ってる間に帰ってくるよ。行っておいで」
綱吉はとても優しい笑顔でそう言って私を送り出した。
綱吉のやつ、いつの間に父性に目覚めていたんだ。と驚いたけど、そういえば昔からランボやイーピンに優しい顔をするときがあったなと思い出して懐かしくなった。それと同時に、あのころのランボやイーピンと同じように扱われているのかと気づき、少し落ち込んだ。
早く元の姿に戻りたい、と思いながらロビーで立っていると、私がホテルに来たときの運河沿いのドアとは別の、陸地と繋がるドアから二人が帰ってきた。
「もしかして、ずっと待ってたのか?」
驚いた顔をしたバーボンが言ってくるので、そんなわけないじゃんと笑った。
「遅いから、まだかなーってさっき来たんだよ。お帰りなさい」
「ただいま。思ったより時間がかかってしまったんだ。お腹がすいただろう? すぐにレストランに行こうか」
本当に申し訳なさそうな表情のバーボンが私の手を取って、急ぎ足で歩くので足がもつれそうになった。後ろからそれを見ていたベルモットが呆れた声で「愛子が転ぶわよ」と注意してくれたので、転ばずに済んだ。
なんだか今のは心配性のパパンと、冷静なママンって感じで面白かったけれど、それを言うと手を離されそうなので黙ったままレストランまでを楽しんだ。