03

 「ブリガンテファミリーが、人体実験を行い千里眼をもつ子どもを作った」という噂が世界中の裏組織に広まったのは、つい一週間前のこと。たくさんのマフィアや犯罪組織がブリガンテファミリーの情報を求めて暗躍した。もし、千里眼が手に入れば情報戦で優位に立てる。ほとんどの組織がそう考えた。もちろん黒の組織も。黒の組織はすぐに千里眼を手に入れるべく動いた。それと同時にブリガンテファミリーに忍び込んだのが私だ。ボンゴレ十世の守護者の幻術使い、六道骸と肩を並べるほどの腕前と称される私が噂の渦中であるブリガンテファミリーに忍び込んだのは、私がその「千里眼をもつ子ども」だからだ。つまり嘘の情報を世界中に流し、黒の組織をブリガンテファミリーに誘い込んだのだ。
 「千里眼なんて使える駒、喉から手が出るほど欲しがるだろ?」なんて言ったリボーンの邪悪な顔はしばらく忘れられそうにない。汚い牢屋に寝転がりながら、黒の組織がブリガンテファミリーを壊滅させるのを今か今かと待ちわびる。
 幻覚で体を傷だらけに、そして虐げられていたようにか細くした。これで私は何も知らないただの被害者に見えるはずだ。目を閉じて、リボーンや骸から言われた作戦を何度も反芻する。
 黒の組織がこのファミリーを壊滅させたら、そのまま組織に拾われて組織に使える従順な駒のふりをする。簡単簡単。潜入捜査自体は何度もやっているし、今回は私から動くことはないから、よっぽど不審な動きをしない限り今までの中で一番簡単じゃないだろうか。
 うっかり鼻歌をうたっていると、地面に押さえつけた頭から震動を感じた。作戦が始まったようだ。
 ブリガンテファミリーに対しては骸が幻覚をかけて操っているし、なんにも心配はない。私はただ黒の組織を待つだけ。一応芝居をしておくか、と苦しげな表情を作っていると、耳元で「大根役者ですね」なんて不愉快な声が聞こえた。

「骸?」
「ええ。牢屋に転がっている気分はどうですか?」
「悪くないわ」
「そうでしょうね。ちっとも苦しそうに見えませんから」

 バカにしたような声音に眉をしかめれば、「僕がリアリティーを出してあげましょう」と何か企んでいるような言葉を吐いた。
 「安心してください。ただの幻覚ですから」そう骸が言い終わった瞬間に、全身に激痛が走った。

「いっ、痛い! なにしたの!」

 全身の皮が剥がされむき出しのまま縄で縛られているように、ぎりぎりちくちくぐさぐさと色んな痛みが襲う。目の奥も燃えるように熱い。眼球が爆発するんじゃないかと思うほどごりごりぐりぐり痛む。食道や胃や内蔵は焼けるように痛く、全身痛くないところがないほどだ。
 「大丈夫、ただの幻覚ですよ」という優しい声を残して骸の気配はなくなった。
 それはわかっている。でも幻覚とわかっていても痛いものは痛い。逃げたいけれど、これも任務のためだから幻術を跳ね返すこともできない。
 地面に転がっていても、コンクリートと接する皮膚がずきずきと悲鳴をあげるので寝転ぶことさえできない。炎の中に投げ込まれた芋虫のように牢屋の中をのたうち回り、壁に激突して、また口から悲鳴が漏れる。

「ふー! っふー!」

 息を吸うことも吐くこともつらく、苦しい。目は依然として開かず、今牢屋の中でどこにいて、どんな状態でいるのかもわからない。暗闇の中で痛みに悶えて、ただ作戦が早く終わることを願った。
 「いたい」「やめて」「しんじゃう」「あつい」意識が朦朧とした中、そんな言葉を何十回と繰り返していると、遠くから女の声がかすかに聞こえた。だけど私の耳には、私の喘ぎ声と悲鳴と泣き声と荒い呼吸音しか届かない。黒の組織が来たのか、それとの違うのか判断できない。

「あら、小汚ない猿だこと」

 凛とした女の声が耳元で聞こえた。不思議と私の呻き声が小さく聞こえた。

「おい、早く連れてこい」
「せっかちね」

 女が嘆息を漏らしてから私を担いだ。女の腕が食い込んだ腹が鈍痛を叫ぶ。

「いっ! あああああ!!」
「耳元で叫ばないでよ。……どうする、ジン」
「ふん。そのガキが本当に千里眼を持っているか確かめろ。持っていたらどうにかする。持っていなかったら……」
「このまま捨てておく、でしょ」
「ああ」

 話終わると、女は私をベッドに座らせた。

「ねえ。私たちあなたを助けに来たの。でもね、ここの悪い人たちのせいで研究所から出られなくて困っているのよ。あなた、どうにかできない? 美味しいスープや暖かいブランケットがほしいでしょ? ここからでられたら、いくらでもあげるわ」

 ひどく優しい声に驚いた。さっきまでの氷のような声からは考えられない。うっすらと目を開くと、圧倒されるような美女が目の前にいた。

「ねえ、あなた千里眼が使えるんでしょ? 遠くにいる悪いやつらの場所わかるかしら?」

 どうにか首を縦に振り、一度目を閉じ深呼吸した。まずは目を赤に変える。そのまま透明の分身を遠くに作り、走らせる。分身の目を私の目とリンクさせると、まるで私が廊下を走っているかのように見える。成功だ。もう一度深く深く呼吸をしてから目を開いた。

「目の色が……」
「人が、いっぱい、……いっ、うぐ」
「大丈夫よ。ゆっくりでいいわ。……人がいっぱいいるのね。それで、悪い人はどこ?」
「黒い人、黒いっ、ひと……赤い血。……わるいひと、上」
「上の階? 周りには何があるのかしら」
「本」

 様子を見ていた男が「書斎か」と呟いた。そのまま誰かに指示をしている。

「書斎は何階にあるの?」
「三回、っかい、だんを上った」
「ここは地下だから二階に書斎があるのね」
「右の本の奥、悪い人!」

 げほげほと咳をすれば、女の人が優しく背中を撫でてくれた。どうやら私の千里眼を信じているようだ。

「悪い人の前に、誰か来た」
「どんな人?」
「黒い。……大きい、男。あっ」
「どうしたの」
「悪い人、撃たれた」

 どうやら終わったようだ。このまま黒の組織に潜入できるといいんだけど、と気が緩んだのか、ずっと朦朧としていた意識がついに限界にきたようで我慢することもできずに意識を手離した。

ヒトリヨガリ