18

「そんなに拗ねるな」

 車を運転するライが少し困った顔でミラー越しに私を見た。ライの視線から逃れるように体を動かす。車内に私の態度を諌める人はいない。

「しかたがないだろう、バーボンもベルモットも急に用ができたんだ」
「じゃあ今日は休みでよかったじゃない」

 ふてくされてシートに体を倒して、体を縮こませて寝転がる。ライはため息をついた。

「この前のことは悪かった。……お詫びといってはなんだが、横に置いてあるやつをやろう。それで機嫌をなおしてはくれないか?」

 頭を上げて、隣のシートに置かれた紙袋を見た。車に乗ったときから可愛らしい紙袋の存在は気になっていた。まさか私にくれるものだったなんて。
 いったい何を持ってきたんだろうと、居住まいを正して、いざと紙袋の中を覗いた。中には簡素な紙の箱が入っている。ケーキが入ってそうな雰囲気に胸が踊る。
 柔らかい箱が潰れないように、そうっと持ち上げ膝の上に置く。安定感があるのでケーキではないらしい。甘い香りも控え目だ。いったいなんだろうと首を傾げながら蓋を開けた。

「クロワッサン!」

 プレーンとチョコがかかったもの、二つが入っていた。

「喜んでもらえてよかった」
「うん! ありがとう!」

 いただきますと言うのと同時にクロワッサンにかぶりついた。サクサクだけどしっとりしていて美味しい。箱からして高そうだと思っていたけど、味も上品だった。

「今日もいつもと一緒で、道を覚えるのと人探し?」
「ああ。写真は持っているか?」
「うん! ベルモットから手帳をもらったんだよ〜。いいでしょ!」
「……バーボンからも聞いていたが、お前はずいぶんベルモットのことが好きなんだな。何か理由でもあるのか?」
「え、だって美人じゃん。初めて見たとき、こんな綺麗な人がいるんだーって思ったよ。汚いところにベルモットみたいな綺麗な人が急に現れたら、女神様かなって思うよ。誰だって」
「……そうか」
「そうだよ」

 ライはそれ以上何も話さないのでクロワッサンを食べるのに集中した。プレーンのクロワッサンを食べ終わり、次のチョコがかかったクロワッサンを取り出す。こっちも美味しい。
 クロワッサンを食べ終わり、空き箱を紙袋に入れようとしたときに、何かまだ入っていることに気づいた。細長い筒状の物で軽い。開けてみるとサングラスが入っていた。大きさからして、これも私のものだろう。
 サングラスを持ち上げてライに聞けば、「お前に必要だろう?」と言われた。一瞬、何のことかわからなかったけれど、すぐに千里眼のことだとわかった。なるほど、これで隠せということか。
 試しにサングラスをかけてから、目を赤くした。そしてミラー越しにライを見る。

「どう?」
「問題ない」
「はーい。じゃあ、これからはサングラスに合う服にしなきゃね」
「今の服でも十分だろう?」
「可愛い系よりかっこいい系にしたいの!」

 黒いスカートの裾を持ち上げて言った。
 千里眼を使いながら服のことを考えていると、近くのビルに写真の内の一人とよく似た男がいることに気づいた。

「ライ」
「なんだ」
「右のコンビニのあるビルに、写真の男に似た人がいる」
「わかった」

 男がいる階と部屋を教えると、すぐにライはハンドルを切り方向を変える。車はゆっくりとビルから離れる。

「え、ライ?」
「心配するな」

 何か理由があるようなので何も言わずに、男に動きがないかを監視する。

「お前が見えるのは100ヤードにも満たないんだったな?」

 突然そう言われてヤードってどれくらいだっけと記憶を辿る。たしか1ヤードが0.9メートル程度だって昔リボーンに言われた気がする。ってことは100ヤードは90メートルくらいか。

「うん。100ヤードは無理かも。でもすごく頑張れば、ちょっとは大丈夫。……100ヤードの範囲で人を探すのは難しいけど、今監視してる人を見続けるのは短時間なら大丈夫」
「そうか」

 ライは返事をしてから男のいたビルの隣の、人気のないビルの前で車を停めた。私は乗ったままかと思ったけれど、降りろと言われたので素直に降りた。そして、廃墟のようなビルの中に入っていくライについていく。何をするのかは聞かなくてもわかった。ライの背負う長いバッグはボンゴレで見覚えがある。
 ああ、あの男は殺されるのか。
 だけど私には止めることができない。ここで止めたら潜入捜査が台無しだ。何も気づいていないフリをして静かに階段を上っていく。

「入れ」

 案内された部屋は、ガランとした何もない部屋だった。窓からは例の男のいる部屋が見える。窓に近寄ろうとすると、ライに手で制された。しかたなくドアのそばに留まる。

「下手に動くと外の監視カメラに映る」
「なるほど」
「それで、男の様子はどうだ」
「えっと……椅子に座ってる。部屋には男以外もいるよ」
「そうか。なら男が一人になるタイミングを待たないといけないな」
「ええー、いつまで?」
「さあな。すぐにその時がくるかもしれないし、今日はずっと誰かといるかもしれない」

 廃墟のビルで夜まで監視するなんてやってられない。せめてどれくらいかかりそうなのか見当をつけたくて、意識を分身に集中させた。
 写真の男は周囲を警戒しながら近くの女性にあれこれ指示をしている。組織に命を狙われていることを知っているようで、窓はすべてブラインドが下ろされている。真面目そうな男なのにどうして組織に狙われているのだろうと疑問に思ったけれど、男の手元の書類を見て、男がスパイだったことがわかって納得した。
 男が組織にスパイとして潜入していたことは、男の周りの人たちは知らないらしい。もし知っていたら、ビルの人たちみんな殺されていただろうから、ほっと安心した。
 しばらくすると、男は緊張した面持ちで席を立って部屋から出ていった。

「ライ、男が部屋から出たよ。でも廊下にも人がいっぱいいる」
「廊下に窓もないようだし、タイミングが掴めないな。男はどこへ行くつもりなんだ?」
「どこだろう。……あ、トイレだ」
「トイレか、ちょうどいい」

 トイレは個室しかなく、しかも個室には磨りガラスの窓がついていた。私がいなければ、ガラスの影が写真の男とはわからなかっただろう。本当に運がなかったというしかない。
 正確な位置はわからなくてもライにとっては問題じゃないらしい。私が細かいことを言う前に、サイレンサーのついたライフルのトリガーを引いていた。

「わっ!」
「行くぞ」

 ギリギリで男が絶命する瞬間は見ずに済んだ。狙撃する瞬間の空気に気づけてよかった。
 撃つときは言ってよ、とライに文句を言ったが私のことを気にかける様子もなく、ただ淡々とライフルを片付けて部屋から出ていく。しかたがなくライの背中を追った。

ヒトリヨガリ