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 今日も今日とて車で研究所の周辺を巡回している。何度目か数えられないほど繰り返しているから、もう飽々している。外を見てもサングラス越しだから味気ない景色しか映らない。しかたなく、助手席から、車を運転するバーボンの顔を見つめて「目が大きいなあ」なんてどうでもいいことを考えて時間を潰す。

「愛子、もう道は覚えたのか?」

 まっすぐ前を見たまま叱るような口調で言う。

「覚えたよー。この先にコンビニあるでしょ、で右に曲がったらケーキ屋さん、左はパン屋さん」
「……合ってるけど、飲食店以外も覚えてるのか?」
「だーかーらー覚えてるって。ホームセンターの場所もその先に小学校があるのも覚えてるよ。で、あと三十分もしたら米花市で、その後が杯戸市でしょ」
「地名まで覚えたのか、すごいな」

 感心したように褒められて、鼻が高くなった。もっと褒めてもいいのよとバーボンを見上げたら、「その調子で写真の男を探そうか」と促されて、長くなった鼻が折れた。
 写真の男を探せって言ったって、もう見つかってるんだから必死に探したって無駄な労力を使うだけ。できるだけサボりたい。
 バーボンから、やいやい言われないようにポーズだけでも外を見ていると、ビルの谷間から黄色い小鳥がこちらに飛んでくるのが見えた。
 ――ヒバード!
 うっかり声に出しそうになってしまった。なんとか堪えて横目でバーボンを見やる。ヒバードを寄越したってことは風紀財団の男の方か。
 よし、作戦開始だ。

「いた」

 静かな声だったけれど、すぐにバーボンは反応した。

「どこに」

 さっきまでの穏やかな声から一転、低い声に変った。
 写真の男のいる場所を伝えるためにナビをする。――雲雀くんに事前に伝えた場所に。

「その道を曲がったら右手に『ホテル・ニューヨロギ』ってホテルがあるの。そこにいるよ。……一人で部屋にいる」
「そうか」

 車はホテルの門を通り、地下駐車場に吸い込まれるように入っていく。丁寧に止まった車を降りて、バーボンに続いてホテルに入ると一直線でロビーラウンジに向かった。

「少し電話をしてくるから、食べたいものが決まったら頼んでおいてくれないかい? 僕は……このドリップコーヒーでいいから」
「ドリップコーヒーね。うん、わかった」

 バーボンは口の前に人差し指を立てて「しー」とジェスチャーしてからスマホを片手に席を立った。バーボンを見送ってから、写真の男が待機している部屋に集中する。その片手間に店員さんに注文を頼んだ。
 バーボンが組織の人に連絡したら、すぐに誰かが来るだろう。難しい計画じゃないから失敗の心配はないけれど、私の動きに人の命がかかっていると思ったら緊張する。頭の中で何度も作戦を確認しているとバーボンが戻ってきた。バーボンは一瞬だけ私を見たが、すぐに視線をそらした。

「組織の人が来るの?」
「ああ」
「私たちは待機?」
「……ああ」
「なんだか歯切れが悪いね。何か言われたの?」
「……愛子、男を見張っていてほしいんだ。……最期まで」
「うん。大丈夫、最初からそうだと思っていたからね」

 なんでそんなこと言いづらいのかわからない。重い空気をどうにかしてほしい。
 しかたなくバーボンのことは考えないようにして分身に集中することにした。写真の男の部屋に配置している分身の他に、もう三体作って出入り口や裏口に配置する。
 頼んだコーヒーと私のケーキが運ばれても、私たちは身動きを取らずにそれぞれ思考の海に沈んだまま。
 裏口の分身の前を怪しい男が通った。黒い帽子を目深にかぶり、同じく黒いコートの襟を立てて口元も隠れている。きっと組織の人間だ。男はトイレに入り、ホテルの従業員と同じ服に着替えて出てきた。やっぱり従業員に紛れて暗殺する気だな。
 部屋にこもっている人間を暗殺する定番は毒殺だろう。そうだろうと思って、すでに写真の男の部屋の分身を通してルームサービスを頼むように指示している。
 思った通り、組織の男はこっそりと料理に毒薬と思われる白い粉を振りかけた。そのまま男はさっきのトイレで元の服に着替えて裏口から出て行った。あっさり退場していった男を見送ってほくそ笑む。あとはタイミングを見計らうだけだ。
 毒薬の入った料理から目を離さないようにして、従業員とともに写真の男の部屋へ向かう。

「部屋に誰か来た。……ルームサービスが来たみたい」
「……ああ」

 白々しく、何も知らない風を装ってバーボンに状況を伝えてから、また写真の男の部屋に集中する。
 部屋では、二体の私の分身が合流したところ。一体を残して他の分身を消し、分身の透明化を解いた。さて、ここからが勝負どころだ。

ヒトリヨガリ