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「それ、食べないでね」
お皿を持った写真の男はビクリと肩を震わせた。「驚かせてごめんね」と言ってから、男の手から料理を取り上げる。
「え、ええ。雲雀さんからそう言われているので食べるつもりはありませんでしたよ」
「それならよかった。予定通り毒を盛られているからね」
「ど、毒ですか!」
「あれ? 雲雀くんから聞いていない?」
「雲雀さんからは、この部屋で飲まず食わずで待てとしか言われてません」
戸惑っている男を見て可哀想になった。自分の組織の男なのに扱いが雑すぎる。そこが雲雀くんらしさでもあるけれど。
しかたなく、狙われている経緯とこれからの作戦を手短に伝える。さすが雲雀くんの部下だけあって理解力はいい。簡単に説明しただけなのにすべて理解している。
さっきまでの戸惑いはどこへやら。もうしっかりした眼差しで、説明する私を見つめている。これなら無事に作戦が成功しそうだと確信し、ポケットから透明の液体の入った小瓶を男に渡した。
「それじゃあ、この毒を飲んで。一気にね。飲み残して途中で仮死状態が解かれたら全部台無しだからね」
男の大仕事はこの仮死状態にする薬を飲むことだけ。
「仮死状態のあなたを見つけるのも、警察と救急車に連絡するのも、駆けつけるのもみんな雲雀くんのとこの人だから安心して」
「はい」
腕時計で時間を確認してから男に毒を飲ませた。
男は飲み終わってすぐに、もがき苦しみながら涙と涎で顔を汚しながら地面に倒れた。苦しむことを伝えてなかったので、倒れた男の顔には驚愕の色が刻み込まれたまま動かなくなった。
「ごめんね、リアルな死体を作りたかったの」
男には聞こえないけれど、小さく謝った。
さあ、ここからは私の出番だ。
床に転がったままの小瓶を拾ってから、手に持ったままの毒入り料理を地面にぶちまけた。とりあえずこれで事件現場っぽいだろう。
姿を透明にしてから、意識をラウンジに戻す。バーボンは依然として物思いに耽ったまま。名前を呼ぶと、バーボンはハッと息を飲んだ。
「男が料理を食べたら倒れた」
なんとなく、男が死んだとは言えなかった。
バーボンは目を閉じて静かに「そうか」と言うと、重いまぶたを押し上げて、のっそりとスマホでメールを送信した。
しだいにざわめきが強くなり、誰かの言った「人が死んでるらしい」という声が聞こえてくると火が着いたように人々が騒ぎだした。
従業員が必死で声を張り上げ、統率を取ろうとしているが客たちはパニックになる一方。落ち着く気配はない。騒ぎを作った当本人として、少し申し訳なくなった。
バーボンも周りの人たちと同じように戸惑っているような表情を作りながら、そっと私を守るように近寄った。パニックになっている人は何をするかわからないから警戒しているのだろう。体を近づけたのと同時に、耳元に顔を近づけてきた。
「警察が来るまで缶詰だろうけど、僕たちはホテルの方には行っていないからすぐに解放されるだろう。外に出たら、僕は行くところがあるから他の人と帰ってくれ」
「うん、わかった。でも他の人って?」
「今、スコッチがこっちに向かっているそうだ」
「スコッチね。わかった」
それなら警察が来る前にケーキを食べてしまわないと。ようやくフォークを手に取った。ケーキの皿を目の前に引き寄せて、フォークでスポンジ生地の柔らかさを堪能しながら掬う。
「はあ、こんなときに悠長にケーキを食べられるなんて……。愛子はきっと大物になるよ」
「だって警察が来たら帰るんでしょ」
「それはそうだが……。はあ」
ため息に混じって、小さく「心配して損した」という言葉が聞こえた。
ケーキを食べながら、いったい何に心配していたんだろうと考えてみたが答えはでない。いつもバーボンは私にわからないことを難しく悩んでいる。もっと息抜きすればいいのに。
「そろそろだ」
バーボンは窓の外を見ながら呟いた。
窓の外は綺麗に整備された庭しか見えないが、バーボンは警察の到着に気付いたらしい。それなら私も休憩はやめにして、最後の仕上げに行こうかな。
写真の男の部屋に置いたままの分身を使って向こうの様子を調べる。問題なく、雲雀くんのところの人と、こっちの組織の人間し関わっていないようで安心した。従業員の中に紛れた組織の人間が、ちゃんと男が死んだことを確認している。――と、そこに警察が到着した。風紀財団の息のかかった雲雀くんお抱えの警察だから、もうこれで私がすることはない。あとは警察が男を引き取って、そのまま雲雀くんのところに連れて行って終わり。写真の男は死んだことになって、新たな人生を歩むことになるだろう。
「愛子、行こうか」
自分の計画が綺麗に進んでいることに満足していると、バーボンに手を引かれた。
もう行くのか。座り心地のよかったソファーが恋しいけれど、重い腰を上げた。さて帰ろうかな。