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 ホテルの玄関でバーボンからスコッチにバトンタッチし、スコッチの運転で研究所に帰っている途中、信号で止まった車の中から外を歩く人たちの顔を眺めていると、どこかで見たような気がする男が横切った。
 どこで見たんだろう。ごく最近見た気がするけれど、名前も出てこない。
 うんうん唸っていると、スコッチが心配して声をかけてきた。

「気分でも悪い?」
「ううん。そうじゃなくて……そこにいる男の人、どこかで見たことある気がするんだけど思い出せなくて……。組織の人?」

 男の方に目をやってスコッチに言うと、スコッチは一拍置いてから「でかした」と興奮気味に声をあげた。えっと戸惑っている間に信号は青になり、車は男と逆の方に曲がった。

「写真の男だ」
「……ああ! そういえば!」

 最後の一人、FBIの男だった。
 スコッチは喜んでいるけれど、私は内心気が気じゃなかった。こんな早くに見つけるなんて。慌てて幻術を雲雀くんの元へ飛ばす。雲雀くんが到着するまでごまかさないと。
 スコッチから言われるままに、男を監視し付かず離れずの距離を保って尾行する。現在男は一人きり。それに安心しきっている。これはすぐにでも殺されてしまうかもしれない。
 ドキドキしながら、心の中でFBIの男に「頑張って逃げろ!」「尾行に気付け!」と念を送るが、気付くはずなく人気のない工場に入っていった。もうこれはFBIの男を助けられないな、と諦めかけていたがスコッチは工場に突撃する様子はない。車は工場の前を通りすぎた。

「行かないの?」
「ああ。ジンから見つけたら連絡するようにと言われているから、工場の近くに車を停めて連絡するんだ」

 その言葉の通り、スコッチは工場の近くに車を停車させてジンに電話をした。一分もしないうちに電話を切り、「ジンが来るまで待機だ」と笑顔で言った。
 なんて運のいい男だ。これならなんとか助けられるかもしれない。ジンの来るまでに舞台を整えるため、工場の中の電気系統をすべて破壊した。それからFBIの男の前に幻術で適当な男を現し、今、黒の組織に狙われていることと助けるから言う通りに動くことを伝える。FBIとは面識がないから、この幼い姿では信用されないと思い男にしたが、思った通り男の姿だとすんなり話が通った。

「男はまだ工場の中かい?」
「うん。もしかしたら誰かと取引でもするのかもしれない。それか誰かと待ち合わせかな? さっきから時間を気にしているの」
「……じゃあ待ち合わせかもしれないな」

 スコッチも腕時計で時間を確認した。
 もう外は暗くなってきた。この前まで、夕方でも明るかったと思ったのに、もう日が暮れるのが早くなってきた。

「帰ったら何時だろう」
「何か用事でもあるのか?」
「ないけど、早く帰りたいなって思って。早く部屋に戻りたいし、早くお風呂に入りたい!」
「ははは、今日は疲れたかい?」
「疲れたよー。もうしばらく何もしたくないくらい」

 背もたれにだらりと身を任せ、赤い日を感じながらのんびりとスコッチと会話を楽しむ。今から人を殺すと思えない穏やかさ。

「任務はスコッチと一緒がいい」
「おや、バーボンに怒られちゃうね」
「平気だよ。バーボンはいつも怒ってるもんー。怒られ慣れた」
「心配してるんだよ」
「心配?」
「そう。バーボンは、――」

 ノックの音でスコッチの言葉は不自然に止まった。運転席側の窓の外にはジンが立っていた。
 スコッチは窓を開けるとジンと少し話し、話し終わるとジンは後部座席に乗り込んできた。

「愛子」
「なに?」
「工場の中を実況しろ」
「はあい」

 また面倒な仕事を頼まれた。ジンに言われたら断れないので、渋々目を閉じた。閉じなくても問題ないけれど、ジンからの圧力から逃れたくて目を閉じることにした。

「まだ男しかいないよ」
「男は何をしている」
「何って……ドラム缶に座って、ぼーっとしてるよ」
「そのドラム缶はどこにある」
「ええっと……、ドアを入って左の方にあるドラム缶。部屋の中は物少ないからすぐにわかるよ」

 動きがないのに実況なんてできないよ、と思って目を開けてジンを睨むが、ジンも目を閉じていて意味がない。まったくジンは何を考えているんだろう。
 空は不気味な紫色に染まっている。
 ――蝶が帰ってきた。
 雲雀くんの元に飛ばした蝶が車の外で羽ばたいている。ということは、雲雀くんの待機が完了したということだろう。それなら、もう動いてもいいか。
 雲雀くんに指示を出そうとしたとき、工場のドアが開いた。

「誰か入ってきた」

 後ろのジンが動くのがわかった。

「それで」
「顔は見えない……けど、たぶん男。一人、二人、三人……わからない、いっぱい入ってきた」
「数えろ」
「ええ! 工場の中、暗いから数えにくいんだけど。……ううーん、八人かな。暗いし動いてるし、正確かはわからないよ」
「ああ」

 無茶言うなと、心の中で愚痴りながら実況を続ける。入ってきた男たちはFBIの男を探し出し一斉に銃をぶっ放す。FBIの男は地面を這うように低姿勢で工場内を走り回り、どうにか命かながら逃げ惑う。

「左肩、右太もも……左わき腹に命中」

 衣服に血で染まり、グロテスクな姿に変わっていく。息も荒くなって、もうこれで絶命するだろうというところで、扉が開いた。

「誰かが入ってきた」
「……誰だ」

 ジンにとっては想定外だったのだろう。不機嫌そうな声音で聞いてきた。
 それはそうだ。今入ってきたのは雲雀くんなのだから。

「わからない。若い男。……若い男が攻撃を避けて写真の男の傍に行った。……『交渉決裂だ』って。若い男が写真の男に襲いかかった。棒みたいなやつで殴りかかってる。左わき腹に命中。写真の男が吹っ飛んだ。若い男が追いかけてかかと落としで地面に叩きつけた」
「息は」
「してる」
「そうか」

 雲雀くんは獲物を見つけた肉食動物の目で、FBIの男の首元にトンファーを押さえつけ、楽しそうに首を圧迫する。
 そのままのしかかるように腹部に右足を乗せ、ゆっくりと体重をかけていく。FBIの男は口の端から血を流しながらうめき声をあげる。口から流れる血とよだれが混ざり合い、涙と鼻水と冷や汗で顔がどろどろになっている。骨も何本も折れているのだろう。
 汚いFBIを見下ろして、雲雀くんは笑って止めを刺した。

ヒトリヨガリ