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「死んだ」
「そうか」
ジンの声は普段通りだった。
雲雀くんは立ち上がり、トンファーについた血を振り払うと、次の獲物を組織の男たちに定めトンファーを構えた。
「先に入ってた男たちが、若い男に襲いかかった」
「ふん。すぐに片がつくだろう」
「若い男が、一人……ううん三人倒した。『邪魔』って言ってる」
「なんだと?」
舌打ちが車内に響く。自分の手下が、予想外の乱入者――それも若い男に倒されるとは思ってもなかっただろう。ジンの機嫌が急降下していくのを肌で感じる。
「残り五人か」
「ううん。また一人倒した。棒でピストルの弾をはじいてどんどん殴っていく」
一人、また一人倒す。いつもの雲雀くんより攻撃的で、本能的な戦い方。まるで昔の雲雀くんみたいだった。最近は雲雀くんも落ち着いて戦い方も余裕があるから、こんなに好戦的な雲雀くんは久々に見た。踊るように滑らかに、体全体をしならせてトンファーで確実に急所を殴っていく。
実況は、すぐに終わった。工場の中には雲雀くんしか立っていない。組織の人間は倒れているけれど、死んでいる者はいない。すぐに処置をすれば問題ないだろう。
若い男が写真の男の懐からスマホを取り出し、これまたトンファーで破壊したことを伝えた。
「男が出て行ったけど、追いかける?」
雲雀くんが安全な場所まで移動してから、私は後部座席を振り返ってジンに聞けば、地獄の底から出したような低い声で「今はそんなやつよりネズミのことだ」と言って車から出た。
FBIはネズミっていうより犬のイメージがあるけど。ジンが言ってるのはそういう意味じゃないってことはわかってるが、ふとそう思ってしまった。
車から降りたジンは私も降りるように指示したので、それに従って降りるとスコッチも付いてきた。離れた場所に車を停めていたので工場まで距離がある。工場独特の油の匂いやシンナーの匂いが混じった空気を吸いながら工場まで歩く。
スコッチが鉄の重い扉を開くと、ギギイと嫌な音がした。そして、むっと中からむせ返る血の匂いがした。中の様子を見たスコッチは私の方を見て、顔をしかめた。中に入れさせたくないのだろう。だけどジンがそれを許すはずないし、そもそもすでにその惨状を見ているのでスコッチが気を遣う必要はない。
スコッチとジンに続いて中に入って、写真の男の死体の傍に近寄る。
「ふん。確かに死んでいるな」
「すごい打撲痕だ」
「ああ。……おい愛子、こいつを殺した男の顔は見たのか」
「ううん。工場の中暗いから見えなかったね。黒いスーツを着てて髪の毛は黒いのはわかったけど」
「まあいい」
ジンは男の脈をとったあと、横に落ちているスマホを手に取って完全に壊れていることを確認したが、それをポケットに入れた。修復を試みるのだろうけれど、雲雀くんは死ぬ気の炎を使っているから修復は不可能だろう。
ジンは私を観察するようにじっと見つめ、微かに笑った。
「合格だ」
「え?」
「お前の組織加入を認める。こいつがなぶり殺される瞬間を平気で見ていられるなら問題ねえだろう」
「こいつ」と言いながら死体を蹴飛ばした。
試験のことはスコッチも知らなかったようで驚いている。ジンと私を交互に見たあと、苦笑いを浮かべながら「よかったな」と軽く私の頭を叩くように撫でた。
それを見ることなくジンは踵を返して工場を後にする。
「この倒れてる人たちどうするの?」
「あとで回収させる」
あとって大丈夫なのかな。気絶していない人は、痛みに呻き声をあげながらのたうち回っている。
戸惑っているとスコッチが私の手を取って、足早に工場から離れていく。「疲れただろ? 早く帰ろう」とぐいぐいと手を引く。
ジンはここまで来た車で帰るらしく、車には私とスコッチしか乗らなかった。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「人の死ぬところを見て、気分が悪くなってないかい?」
「……うん、大丈夫だよ」
大丈夫と答えていいのか迷ったけれど、今「大丈夫じゃない」と嘘をついても今後バレるから素直に答えた。人が死ぬところなんてボンゴレで嫌というほど見たし、それに――。
「愛子、いるんでしょ」という雲雀くんの声が、向こうに置いてきた分身を通して聞こえてきた。雲雀くんの呼びかけに応じるために、透明にしていた分身を現す。
+++
「どうだった?」
「弱い」
雲雀くんは不機嫌そうに私を見た。
「もっと強くできなかったの」
「って言っても、元の強さを再現しただけだからね。あんまり強くしたら不自然でしょ」
「ふん」
納得したのかしてないのかわからないけど、雲雀くんは一応理解してくれたらしい。しかし、それはターゲットを別に変えただけだったようだ。
雲雀くんは私の横を睨みつけ、「あなたが弱いせいだね」と冷ややかな声で吐き捨てた。見えていないはずなのに、正確に透明化した男の場所を睨むので驚いた。
しかたなく幻術を解いて、隠していたFBIの男を出現させる。そして男の顔を見上げて「もう透明になってないから、あんまり動き回らないでね」と注意した。男は今までの救出劇についていけてないようで目を見開いたまま私を見る。瞳がふわふわと小刻みに揺れていて、動揺しているのが見て取れる。
「あー……、もう組織は追ってきてないし、工場にはまだあなたの幻術が死んだままになってるから安心して!」
「あ、ああ」
男は頷いたが、雲雀くんはため息をついて「安心できないでしょ」と呆れた目で私を見た。
「そもそも幻術なんて初めて見るんだろう?」
「ああ、そっか」
雲雀くんに言われて、この男に「誰にも見られないようにしたから、扉が開いたら音を立てないように外に出て。替え玉を用意してるから。あとはトンファーを使う男の後ろについて逃げて」と言ったことと、この計画のあと死んだことになるということしか説明していないことを思い出した。それにしても顔が青い。もしかして、有幻覚で作ったこの男の幻覚を雲雀くんが殺したところを見てしまったのかもしれないと気づき、尋ねると、男はゆっくりと頷いた。
「ごめん。自分が死ぬとこなんて見たら気持ち悪くなるに決まってるよね」
「そ、それもあるけど」
「あるけど?」
「君は、あの男の仲間かい?」
「あの男」と言われてジンを思い浮かべたけれど、ジンのことかと聞けばそうじゃないと言われ首を捻った。しばらく考えてから、ようやく、この人に計画を説明したときは幻覚の男を使ったんだと思い出した。
慌ててそのことを伝えると、少し安心した様子だった。
幻術を初めて見たにしては、あまり取り乱していない。適応力のある人だ。
「で、そのFBIはボンゴレに連れていくのかい」
「うん。ボンゴレでもう少しちゃんと説明して、安全を確保したらFBIに帰ってもらうつもり。……それでいいよね」
「ああ、大丈夫」
「それなら、もう僕は帰ってもいい?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
雲雀くんは私にだけ少し微笑んでから、颯爽と立ち去った。
さて、私もそろそろ戻らないといけない。男を見上げると外国人らしい仕草で「なんだ」と見返してきた。
「これも幻覚だから、あんまり長時間集中できないの。だから私が一緒にいるのもここまでね」
「え、じゃあどうすれば」
「あなたに幻術かけて、別人に見えるようにするから、この地図に載ってるホテルに行って。ボンゴレが経営するホテルで話は通してるからフロントで名前を言えば、部屋に案内されるはず」
地図とメモを手渡せば、それをじっと見てから「わかった」とスーツのポケットに入れた。
幻術で、男の顔を変え「それじゃあ」と手を振ってから分身を消した。
目を開くとスコッチの車の中。やっとこれで人助けが終わった。短いような長いような。どっぷり疲れたから、せっかく組織に入れたけどしばらくは新入りとしてベルモットの後ろをついて回るだけがいいな、なんてふざけたことを考えていると、スコッチが横目で私を見た。
「あ、起きた? でも、まだもうしばらくかかるから寝ててもいいよ」
私が分身に集中していたのを寝ていたと勘違いしているらしい。訂正することなく、寝ててもいいと言われたのだからありがたく眠ることにした。
本当に今日はたくさん幻術を使ったから頭と精神の疲労がひどい。「寝ていい」と言われて、目を閉じてから十秒もしないうちに意識が落ちていった。