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「おかえり」

 倒れこむように部屋に入ってきたバーボンを出迎えたけれど、バーボンは返事をすることなくよたよたと室内に入り、ソファーに倒れこんだ。そして荒い呼吸を繰り返しながらYシャツのボタンを二つ外す。
 任務で泊まっているこの部屋はあまり広くはない。バーボンに近寄らなくても、微かにお酒の匂いが漂ってきた。

「酔ってるの?」
「酔ってはいない」

 はっきりとした声音だけれど、酔っ払いだって「酔っていない」と言うから信用できない。バーボンのことだから任務なのに泥酔するなんてことはないだろうけれど、もしかしたら相手が悪かったのかもしれないし、絶対にないとは言い切れないだろう。
 今日バーボンが任務のために行った場所はここから遠かったはずだから、一応ここまで帰って来れるだけの意識はあったのか。
 冷蔵庫からミネラルウォーターを出してきて、コップに注いでバーボンに渡すと、小さくお礼を言ってからコップを受け取った。そしてバーボンは一気に水を飲み干してから、大きく息を吐いた。

「酔ってないから、そんなに心配しなくていい」
「本当?」
「本当さ」

 笑って見せるバーボンは確かに酔っぱらってるようには見えない。それならどうしたのだろう。いつもと違うバーボンの様子に戸惑う。
 そして、ガシガシ髪の毛を乱してから伸びをするバーボンの姿に一驚した。任務のためにこのホテルに泊まって三日。その間、今のようにリラックスしている姿は見たことがなかった。朝起きてから夜寝るまで普段通りのきちんとしたバーボンだったため、眠そうに目をしばしばさせるバーボンは初めて見た。
 別に私に気を許したわけではないのだろう。ただ気を張るほどの気力がないだけ。疲労の色が顔に濃く出ているから間違いない。

「疲れてる?」

 バーボンは目を閉じて、ゆっくり息を吐いてから重い口を開いて「少しだけ」と答えた。

「無理したらダメだよ。……そうだ、お風呂に入って体を温めた方がいいよ。最近寒いし」
「……そうだね」

 アルコールをあまり摂取していないなら、お風呂に入った方がいいだろう。ちょうどこの部屋のお風呂はお湯が溜められる。バーボンが起き上がる前に急いでバスルームに行きバスタブにお湯を入れた。
 部屋に戻るとバーボンはまだソファーに沈んでいる。空になったコップにたっぷり水を注いで渡すと、ようやく体を起こし水を一気に煽った。

「ありがとう」
「どういたしまして! お風呂で溺れないでね」
「気を付けるよ」

 大丈夫と言わないバーボンに心配になりながら、バスルームに向かうバーボンを見送った。
 写真の男の任務以来少し様子がおかしかったバーボンは、ライの言った通り数回ベルモットとともに任務をしているうちに以前のように優しいバーボンに戻った。バーボンの中で折り合いがついたのだろう。そのおかげで今回の任務にはベルモットはいないけれど気まずい思いをせずに済んでいる。
 そしてベルモットがいないためか、いつも以上にバーボンが私を蚊帳の外に追いやる。今回の任務は裏切り者に近づき情報を探ってから暗殺するというよくあるもの。ベルモットがいるときも同じような任務に同行したことがある。そのときも私はついて行くだけでほとんど何もせず、たまに千里眼でターゲットを監視する程度のことしかしなかったけれど、今回はそれ以上に何もしていない。同行することもなくホテルに置いて行かれてる。そのせいで、今日バーボンがどこで誰と何をして、そしてどうして疲れているのか何もわからなかった。
 バーボンが疲れている間、私はホテルの前のカフェでのんびりしていたのだと思うと少し申し訳ない。ベッドに寝転がりながら少しだけ反省した。でも、まあバーボンに置いて行かれたんだからしかたない。

「あれ、まだ起きてたんだ」
「私が寝たら、もしバーボンが溺れてたら助けられないじゃない」

 湯気をまとったバーボンがバスルームから戻ってきたので、またミネラルウォーターを渡した。これでアルコールも抜けただろう。
 ソファーに座って髪の毛を拭くバーボンを見た。

「うん。さっきより顔色よくなってるよ」
「だろうね。体が軽くなったよ」
「だけど無理はしたらまた調子悪くなるよ。たっぷり寝ないと。……明日も朝早いの?」
「いや、明日は……」

 バーボンは何かを思い出したように言葉を止めた。そして、「悪い」と一言謝ってから立ち上がって私から少し離れてケータイで電話をかけた。

「……こんな時間にすまない。用意してほしいものがあるんだ。……ありがとう、ギターなんだが種類はなんでもいい、まかせる。……ああ、……ああ。それとできれば明日持ってきてほしい。……ありがとう。それじゃあ」

 バーボンが電話を終えたので、すかさず「ギター?」と聞いた。電話の相手はおそらく一緒に任務をするライかスコッチだろうから別に気にならない。それよりもギターだ。

「え? ああ、ターゲットの男がバンドをしているらしいから、近づくために使うんだ」
「へえー。バーボン、ギター弾けるんだ!」

 「上手くはないよ」と謙遜するけど、バーボンのことだから人並み以上できるんだろうな。
 私が聞きたいと言う前に、バーボンは大きくあくびをした。時計を見れば、バーボンが帰ってきてから一時間も経っている。これ以上話をすると、バーボンの睡眠時間が減ってしまう。
 ギターの話はまた明日すればいい。そう思って話を切り上げて、バーボンをベッドに押し入れてから部屋の電気を消した。

ヒトリヨガリ