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部屋に帰ってきたジンはリビングでくつろぐ私を一切見ずにそのまま自室に入っていった。一応「おかえり」なんて言ってみたけど、その声は部屋の中に溶けて消えた。
ジンに情報が下りてくるまで私はやることがないので手持ち無沙汰だ。ソファーに沈んだ足をばたつかせたり、天井の模様を眺めてみたりしたけどそんなもので暇はつぶせない。立ち上がって、ジンの部屋に近づいて室内の音を盗み聞きしてみたけれど無音だった。まだ動きはないらしい。
時計を見ればもう十六時。今日は連絡がきても何もしないかもしれない。
キッチンの棚にあるクッキーで小腹を満たしながら冷蔵庫を覗きこんだ。色とりどりのインスタント食品が几帳面に並べてある。そのままお皿に盛り付けるだけのものから、湯煎が必要なものも。冷凍庫には冷凍食品も豊富に揃っている。この部屋で生活をはじめて今日で五日目。毎日冷蔵庫の中のインスタント食品を消費して生活しているけれど、気づけば補充されている不思議な冷蔵庫だ。日中、私たちが留守にしている間に下っぱ構成員が補充しているんだろうけど、まるで見えない小人がいるようで面白い。
今日の夜ごはんはどれにしようと指差して選んでいると、電話が鳴った。音源はリビングの棚に置かれた固定電話。私がこの部屋に来てからこの固定電話を鳴らすのは一人しかいない。物色していた冷蔵庫を勢いよく閉めて、その勢いのまま駆け出した。
「もしもしスコッチ?」
「ああ愛子か」
「うん、そうだよ」
この部屋に来た初日にスコッチに連絡してから、毎日電話がかかってくる。
「任務はどうだい?」
「順調、ではないかな。今日本当はまだ外にいるはずだったんだけど、ちょっと色々あって帰ってきたんだ。でも、まあ私の問題じゃないし大変なのはジンやウォッカだね。……スコッチの方は? バーボンと合流できたの?」
「いや、まだだ。少してこずっていてね。ライとは合流できたんだがまた別行動だよ」
「寂しい?」
「はは、そうだなあ寂しいのかもしれない。そういう愛子だって、ジンやウォッカがかまってくれなくて寂しいんじゃないのかい?」
「ふふ、そうだね。寂しいね。私たち寂しいもの同士だ」
お互いに詳しい任務の話はできないけれど、小さな情報の中で冗談を言い合うと楽しくなってくる。こういう、たわいない掛け合いができるのがスコッチのいいところだ。私のことを心配して電話してきているのだろうに、一切そんなことを感じさせない。
「寂しい愛子は何をしてたんだい?」
「夜ごはん何しようかなって冷蔵庫を眺めてたよ」
「ほー」
「今のライの真似?」
「わかったか」
「全然似てないけどね」
電話口からスコッチのかすかな笑みが聞こえる。いつもより機嫌がよさそうだ。
話は夜ごはんの相談に移り、二人してあれがいいこれがいいと話し合っていると気づけば十分も話していた。話は平行線のままで今日のメニューは決まらずじまいだったけれど、とりとめもない話ができて楽しかった。話を終わろうかと切り出そうとしたとき、スコッチが「そういえば」と言葉をはさんできた。
「どうしたの?」
「いや、たいしたことじゃないんだけど、ジンも一緒に食事をしているのかと思って」
確かにたいしたことじゃなかった。だけど、それは気になるところだろう。かくいう私も初日に悩んだところだ。結局、キッチンで悩んでいたらジンに「いらねえ」と一言で済まされてしまったんだけど。
そのことを伝えると、スコッチは苦笑を含ませた声で「だよね」と言った。しかしすぐに声色を変えた。
「あ、なら今日の夜ごはん一緒に食べてみたら?」
「そんな無茶言って……」
「案外、作って置いてたら食べてくれるかもしれないぞ。こんな機会滅多にないんだし、やるだけやってみればいいじゃないか」
「うーん」
スコッチは簡単に言うけれど、そんな簡単なことじゃない。作るのはパックの食品を温めて皿に移し変えるだけだから簡単だけど、問題は何を選ぶかだ。ジンの食の好みなんて知らない。間違ったものを出したら殺されそう。
「じゃあスコッチなら、ジンに何出すの」
「ええ? そうだなあ……。悪い、まったく思い浮かばない」
「でしょ」
私が殺されたらどうするのよと文句を言えば、スコッチは笑いながら「愛子は殺されないさ」と言った。そりゃあ私みたいに利用価値のある人間をそんな理由では殺さないだろうけど、怖いものは怖いんだ。あの鋭い目で睨まれたらぼろを出しそうになる。
だけど、スコッチの言うこともわかる。せっかくジンのプライベートスペースに接近しているんだから、ジンの好みに探りを入れるのもありかもしれない。……怖いけれど。
「考えてみるね」と言った声が思ったよりも真剣で、電話の向こうでまたスコッチが笑った。
「そろそろ切らないとな」
「うん。……あ、合流できるといいね」
「……ああ、大丈夫だよ」
急に話を変えたからスコッチは少し言葉に詰まったけれど、すぐにそれが最初の話題のことだと気づいてくれた。
寂しいのは冗談だろうけど、予定通りに任務を進めるのに越したことはない。特にバーボンは色んな情報を握っているのだから近くに置いておきたいだろうし。情報屋がいるのといないのでは任務の難易度が全然違うのだから。
「それじゃあね」と言い合って受話器を置いてから、グッと背伸びをした。
さて、ジンに食べてもらうために夕食を考えないと。