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昼間に来たときと同じように一度エレベーターで二十八階まで上がると、ロビーの電気は消えていて不穏な空気を感じた。辺りを警戒するジンとウォッカには悪いけど、ゲームのラスボス前みたいでちょっとわくわくする。どうせ私は出番がないだろうと高を括って、懐に手を入れて警戒する二人を見ていたが、いざSPが十人ほど現れるとジンが私を見下して「俺とウォッカは上の三谷原のもとへ行く。お前はこいつらを始末してから来い」と言うので素っ頓狂な声を出してしまった。
「し、始末って? 一人で?」
相手は暗闇で目視できるほど至近距離にいるが、こちらの出方を見ているのか動きはない。
目を凝らしてSPを見るが、どう考えても一人じゃ無理。元の姿ならどうってことはないけど、この体格差と幻術を使えないハンデを考えると怪我なしでは済まないだろう。気が重い。
「アニキ、さすがに……」
「なあに、殺せなくてもかまわねえ。時間稼ぎをしろ」
「時間稼ぎって言っても、私がやるより二人が今始末した方が早いんじゃないの?」
ウォッカも頷いているが、ジンはにやりと笑うだけで何も言わない。たぶん私が何を言っても変わらないだろう。おそらく私がどれくらい戦えるかを知りたいみたいだし。
嫌だけど始末を引き受けるしかない。バレないように肩を落として「わかった」と力なく呟く。
「ああ、それと千里眼は使うな。万が一、能力がバレると後始末が面倒だ。……お前があいつらを殺して口封じできるなら使えばいいがな」
それはそうだろう。変な力がバレたらややこしいからね。不承不承に頷くと、それが合図のように二人は走り出した。私の知らない、上部に行くためのエレベーターの方だろう。
二人の方について行こうとするSPを「あなたたちの相手は私よ」と声を張って制する。とっさに出た台詞が演技っぽくてちょっと恥ずかしくなりながらも、できるだけなめられないように虚勢を張った。本当に、こういうのは私のタイプじゃないから早く戦闘に移りたい。
そんな私の願いが届いたのか、SPたちは二人を追うのをやめて私の方を向いた。一人ぐらいあっちを追いかけるかと思ったけど都合がいい。私みたいな子ども、一瞬で片付くと思われているのだろうけど。無表情だけどそこはかとなくあざけ笑っている気がする。
なめられたくないけど、油断してくれるのはありがたい。さっさと戦おうと身構えた。
間合いを確認する。二十メートルは離れているか。人数は八人。頭の中でシミュレーションしてみるけれど、最初の四人は油断しているだろうから簡単に伸せるが残りはどうだろう。運が良くても二人は取りこぼす。一度に片づけるのは無理か。
しかたがない。とりあえず先に倒せる分だけ倒そうと足の裏にぎゅっと力をこめて地面を蹴った。体が軽いから弾丸のように体が飛ぶ。二十メートルほどの距離を一瞬で詰めると、油断しきっている一番近くのSPの腹に、上へ突き上げるように拳をねじりこむ。やっぱり筋力が発達していないからあまりSPの体が持ち上がらない。それに比例してSPへのダメージは小さいだろう。まあ一時しのぎにはなるだろう。崩れ落ちるSPを捨てて隣のSPに向きかえる。その遠心力を殺さないまま男の急所である股間を蹴った。三人目に狙いを定めてこの男も、足を振り上げて股間を蹴って次の相手を見つけるために周りに目を向けたが、残りの五人はすでに距離を取っていた。
やっぱりシミュレーション通りにはいかなかったか。私も後ろに飛びのいて間合いを取る。五人のSPは私を見ながらコソコソと何かを話している。「油断するな」といったところだろうか。
相手が作戦を立てている間に私もこの後のことを考える。たぶん最初考えた作戦では残りを倒せないだろう。何か武器がないと。
周囲に目をやると少し離れたところにあるテーブルの上にガラスの灰皿が置いてあった。あれで急所を殴れば素手より威力があるだろう。
だけど問題はどうやって取りに行くか。テーブルまで取りに行って戻ってきている間に攻撃態勢を整えているだろう。こっちにおびき寄せるのが一番いいか。
今さらだけど、相手が銃を持っていないか懐を透視しようと目に力を込めた。――が、やはり昼間と同じように幻術がきかない。
幻術を使わないのと使えないのとでは心持ちが全然違う。急に心細くなってきた。とはいえ、相手は銃を持っていたとしても下の階に一般客やマスコミがいる中、撃つことはできないだろうからそこだけは安心できる。
私がごたごた考えている間に相手は作戦を立てたようだ。リーダーっぽい人が「行け」と声を出したと同時に二人が襲いかかってきた。
攻撃から逃げるふりをしながら少しずつテーブルに近づくが、なかなかうまくいかない。もしかしたら灰皿を狙っているのがバレているのかもしれない。困った。
ここは灰皿を諦めて、先に二人を始末するかと逃げの態勢から攻撃の構えに変えた。
昔教わった急所で、今一番狙いやすい場所は――顎。身長差で威力は不安だが、相手が殴りかかってきたとき、つまりしゃがんだときだと今の身長でも十分手が届く。
よし、と身を引き締めて二人と対峙する。まずはチャンスがくるまで逃げなくては。小柄なことを利用して、SPの足元や脇の死角を狙って攻撃を避けていると、チャンスはやってきた。大きく振りかぶったSPが腰を落として私のこめかみめがけて殴りかかってきた。それをさっきまでと同じように相手の足元の隙に避けてから、立ち上がる反動で顎を殴った。
決まった、と自画自賛したくなるほど綺麗に顎に当たり、SPはダウンした。驚いているもう一人のSPの隙も見逃さず、きちんと股間を蹴っておいた。
呻き声とともに倒れる男を見て悦に浸る。今、すごくかっこよかった。まるで歴戦の勇士みたいだった。これ、リボーンに見ててほしかったな、と思いながら残り三人と向き合おうとしたとき、背中に衝撃が当たった。それと同時に体が宙に舞う。
べたりと床に叩きつけられたが、幸いなことに絨毯が敷かれているところだったので大理石との激突は防がれた。だけど背中は痛い。起き上がれないまま体を動かし、衝撃の方を見ると、残ったSPの内の一人が構えて立っていた。あいつに蹴られたんだろう。不覚だった。
起き上がろうとしたが、それより早く私を蹴ったSPが私のもとまで走ってきて、起き上がれないように私の頭を踏んだ。
「ここまでだな」
SPは懐からナイフを取り出し、私に見せつける。
「これが何かわかるか?」
「……ナイフ」
「そうだ。これが刺さると痛いぞ。痛いだけじゃなく死んでしまうかもしれない。……って言ってもわからないか」
小さく「とりあえず一回刺せばわかるか」と呟いたのを聞き逃さなかった。なんとしても逃げないといけないけれど、どんなに力をこめても押し返せない。SPがナイフをかまえて持ち、ゆっくりと振り上げた。絶体絶命か、と勢いよく振り下ろされるナイフを見ながら逃げることを諦めたが、ナイフは私の体に刺さる直前に白いポピーに姿を変えていた。おかげで私は血まみれになることはなかった。
死さえも覚悟したのに、まさかナイフが花になるとは。目を見開いてどういうことだと私を拘束するSPを見た。SPも私と同じように信じられないものを見るような顔で手から抜け落ちた花を見ている。
――ということは、残りの二人を探そうとした瞬間に何かがすごい勢いで私の上にいるSPにぶつかった。そのままSPは気絶したのか倒れてしまった。
「ナイッシュー。どうですか、ミーの天才的なコントロール力」
聞き覚えのある気の抜けた声に、勢いよく起き上がった。