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「バラエティ番組でも活躍していた俳優の三谷原裕紀さんが、今朝自宅として使用していたホテルで死亡していたことがわかりました。えー、三谷原裕紀さんは今年に入ってから映画二本と連続ドラマに出演しており、引っ張りだこの役者さんでした。非常に残念ですね」

 待ち合わせ時間まで暇をつぶすために研究所のラウンジでうたた寝していると、そんなニュースが耳に入ってきた。周りの人たちも、そのニュースキャスターの言葉にざわついている。テラスに面した窓際の席に座ったから、朝日が煌々と刺していて目を開くと痛いくらいに眩しかった。目を細めながらテレビを見ると、司会者が話題を引き継いでコメンテーターと三谷原について話していた。

「三谷原さんと言うと、この間映画に出演していましたよねえ」
「ええ、『魔女の鍋』ですね。私、娘と観に行きましたよ。いい演技をする役者さんだと思っていたのに本当に残念です」
「これからだっていうときだったのに。本当に急でしたね。死因は判明したんでしたっけ?」
「いえ、現在捜査中とのことです。ホテルから中継が繋がっています」

 スタジオからホテルに画面が変わると、ニュースに目が釘付けだった周りの人たちもきゃーきゃーと三谷原について話し始めた。中には三谷原のファンだったらしい女性がショックのあまり泣き出したりと時間が経つごとに騒ぎが大きくなっている。
 時計を見ると八時四十五分を指している。約束の時間まであと十五分もある。いくら昨晩しっかり寝たからといって、スコッチが死んでまだ半日しか経っていない。少しくらい静かなところでスコッチの死を悼みたかった。周りにばれないように小さくため息をついてからラウンジを出た。
 ラウンジは暖房がキツかったから、廊下はひんやりと感じた。セーターだけでは寒いかなと腕をさすった。廊下を歩いて大きな窓のある廊下の端まで行き、大きく息を吸うと冷たい空気が肺に入ってきた。
 昨夜、研究所に着いたときのことが頭をよぎる。私が車から降りようとしたときジンに呼び止められ、「明日、九時に迎えを寄越す」と言われた。おそらく本部に行くのだろう。ジンとウォッカとの任務も終わり、そしてスコッチも死んだ。なにかと連絡することもあるだろう。――きっと本題はスコッチのことだろうけど。昨日の今日だ。どうせなら堅苦しいスコッチの情報や後任のことなんて全部無視して思い出話に花を咲かせたら楽しいのに。といっても、楽しそうに話してる彼らなんて見た日には恐怖で体が動かなくなるわ。
 壁の背を預けて、ぐっと伸びをした。もう約束の時間だ。行かないと。エレベーターより階段の方が近いから、そっちを選んで一階まで駆け降りた。研究所から出ると、もう車は停まっていた。近寄って車内を見てみるが、運転席に乗っているのはウォッカでもバーボンでもなかった。昨日送ってくれた女性だ。ドアを開けて挨拶してみたけれど、予想通り返事はない。喋りたくないのか喋るのを禁止されているのか。しかたないと、車に乗り車の揺れに身を任せる。
 黒いタイトなワンピースを見にまとった女性は、見た目はとても社交的だ。ベルモットやボンゴレの女性のようにキツい印象は受けない。どちらかと言えば大月さんのような一般人みたいに見える。幹部なのか、ただの雑用構成員なのかだけでも知りたいけれどどうせ反応はないだろう。本部まで遠くはないといっても一時間弱はかかるんだから雑談くらいしてくれたっていいのに。彼女の様子じゃ雑談なんて夢のまた夢。
 じっと見つめていたら、女性の眉間がぴくりと動いた。眉間が動くのは不快な証拠。それを見て彼女と親交を深める計画はやめにした。もうすぐ山に入る。どうせ時間が足りなかった。そう思うと、さっきまで耳に入らなかったラジオの音がよく聞こえるようになった。外国の政治情勢の話や交通事故、スポーツなどの話のあとに、また三谷原裕紀の名前が出た。ラジオパーソナリティが三谷原の友人だという俳優のコメントを読み上げているのを聞きながら、本当にもったいない人だったと三谷原の姿を思い返す。組織と関わりを持たなければ、もっと芸能界で華やかな生活ができただろうに。ニュースはそこからしばらく三谷原の話題が続いたあと、長いこと報道が続いている殺人事件に話題が移った。その話題も終わったころ、ようやく本部に到着した。
 一応お礼を言ってから車を降りると、バーボンが玄関から出てきた。

「愛子」
「おはようバーボン」
「……ああ、おはよう」

 いつもよりバーボンの声が低い。少し気が立っているようだ。バーボンはスコッチとわりと仲が良かったし、スコッチが裏切り者だと判明して苛ついているのかもしれない。個人的感情に踏み込むつもりはないから「どうしたの」とも「大丈夫」とも話しかけずにいると、バーボンは「行くよ」と玄関の方に足を向けた。
 バーボンの歩幅は広く、置いていかれないように駆け足でついて行く。黒いワンピースの裾が足に絡まる。いつも通りの黒なのに、今日はそれが喪服のように見えた。それが足に当たる度にスコッチが死んでしまったことを痛感する。
 やっぱり上の空のようだ。いつもはちゃんと気づいてくれるのに。だけど、知らない場所なわけでもないから声をかけるのはやめた。
 玄関に入り会議室まで廊下を歩いていると、奥からライが歩いてきた。挨拶しようかと口を開いたけれど、腕をバーボンに引かれてバランスを崩したため挨拶はできなかった。「ちょっと」と声をかけたが、少し遅れて「悪い」と答えるだけでどうも会話ができない。そうこうしている間に会議室に着き、無駄にでかい扉を開き中に入った。中にはすでにジンとウォッカと、その他に見たことがない顔がいくつかあった。大きくて丸いのテーブルの、空いている席にバーボンとともに座り周りの人の様子を見た。やっぱりこういう組織の人だからか、狡猾そうな顔の人が多い。それに、性格が悪そうだ。
 ライが缶コーヒーを片手に部屋に入ってくると、私たちとは離れたところに座った。もしかして、昨日の任務で喧嘩でもしたのか。
 全員揃ったようで、ジンが口を開いた。

「スコッチはノックだった」

 突然の言葉だったけれど、ざわめく様子はない。すでに知らされているのだろう。
 だけどスコッチの名前が出た瞬間、バーボンの腕に力がこもったのがわかった。隣の私しか気づかないような微かな動きだけど、さっきからバーボンのことが気になって様子を横目で見ていたからわかった。

「昨夜ライが始末したが、奴が何か漏らしている可能性がある」

 そう言うと、ジンは次々に指示を出していく。バーボンは他の数名とともにスコッチの家の捜索が命令された。私もなにか指示があるのかと待っていたけれど名前は呼ばれない。それならどうしてこの場に呼ばれたんだ。
 社会見学的なやつかと気が抜けているときに、ついに名前が呼ばれた。だけどそれは命令ではなかった。

「スコッチの周りに怪しいやつはいなかったか」
「怪しいやつ?」
「スコッチが組織に入るのに手引きしたやつや協力者だ。心当たりはあるか」
「ない」

 即答するとジンはそれ以上聞いてこなかった。
 怪しいやつなんて、怪しい組織に属しているんだから山ほどいる。だけどスコッチとこっそり会っている人なんて見たことがない。というか、私は基本的に研究所にいて、スコッチの方が私に会いに来るんだから怪しい人といるところなんて見るはずがない。わざわざ研究所に協力者を連れてくるような馬鹿なことはしないだろう。
 私への質問が終わると、スコッチの任務の穴埋めの話に移った。ほとんどはライや、他のスナイパーが任務を引き継ぐことになった。ジンの指示に反対する人がいないから会議はつつがなく進んだ。そして会議が始まって一時間ほどしたころ、ようやくジンは私の方を見た。

「今まではスコッチ、ライ、バーボンの三人で組んで任務を行ったいたが、これからはバーボンは愛子と組み、しばらくは諜報活動に専念しろ。愛子はバーボンと組みながら組織で必要な能力を養ってもらう」
「……まだ早いのでは?」
「バーボン、これは決定事項だ」

 有無を言わさぬ声音に、バーボンは押し黙った。私もまだ早いと思うけれど幹部になるためにはしかたのないことだ。
 話はそれで終わりらしい。ジンが会議の終わりを告げると次々に席を立ち、部屋を出ていった。私たちも帰ろう、とバーボンを見ると憎々しい目でどこかを睨んでいた。視線の先を辿るとライがいた。やっぱり昨日、何かあったんだろう。声をかけるか迷っていると、私が見ていることに気づいたバーボンが、さっきまでの表情をさっと隠した。これは触れられたくないのだろう。聞くのをやめた。代わりに何も気づいていないフリして「帰りに、どこかでお昼食べようよ」と笑いかけた。

「ああ……、そうだな」

 力なくだけど、バーボンは笑ってそう言ったので少しだけ安心した。

ヒトリヨガリ