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バーボンから切羽詰まった声で電話が来たのはおやつを食べてるときだった。
わざわざ食堂まで事務の人が知らせに来てくれたので、何事かと慌てて一階の事務所に行けば、バーボンの荒々しい声が電話口から私の耳に突き刺さった。「今、時間はあるか!」と今にも説教が始まりそうな緊迫した声で聞いてくるので、その勢いに身がすくんだ。そんな私に、もう一度バーボンは時間はあるかと聞いてくる。今度は少し語調が穏やかだったので「あるよ」と返すことができた。
いったいどうしたんだと聞こうとしたけれど、それより先にバーボンは安堵の様子を見せながら電話を切ってしまった。左手に持った受話器を見つめたまま数秒固まったが、どうすることもできないのでそっと受話器を置いた。
事務の人に声をかけてから事務所から出る。エレベーターのボタンを押して、エレベーターが来るのを待ちながらどこで待っていようかと考えた。エレベーターの扉が開き乗り込む。あ、そうだ、とりあえず食べかけのまま置いてきた焼きドーナツを食べないと。迷いなく七階のボタンを押した。バーボンがどこにいるのかわからないけれど十分はかかるだろう。
食堂の窓際の眺めのいい席に戻り、半分ほど食べてある焼きドーナツにかぶりついた。ベリーのドーナツはさっぱりとした味で、ペロリと食べ終わった。ドーナツの余韻に浸りたいところだけれど、いつバーボンが到着するかわからないから、うかうかしてられない。焼きドーナツの包み紙をくしゃりと握りつぶしてから席を立った。
場所を指定してこなかったということは部屋でいいのだろう。あんな慌てた様子のバーボンを待たせるわけにはいかない。ゴミ箱に包み紙を捨ててから階段で一階上がり部屋に戻った。
電話のバーボンは、本当に今にも怒りだしそうな勢いで喋っていたので、何を言われるのか気になって落ち着かない。バーボンは、ジンからの指示でスコッチの家を調べているはずだ。まさかスコッチが私の正体に気づいていて、何か残していたとか? それともスコッチは裏切り者なのに、死んだことに多少なりとも落ち込んでいることに関して? まさかスコッチが裏切り者だったから、私も怪しいと思ったなんてことはないよね。もしそうだとしたら、ちゃんと否定できるように考えないと。今まで潜入捜査でバレるようなヘマしたことないから緊張する。
ベッドに腰かけて足をぷらぷら動かしながら、ああでもない、こうでもないと考えること三十分。ついに、そのときがきた。
ドンッと殴るような音とともにバーボンが部屋に入ってきた。駐車場から走ってきたのか、息づかいが荒い。
「愛子!」
私の肩を掴んだバーボンは瞳孔が開ききっている。相当な興奮状態だ。
「お前、誕生日だったのか!」
「誤解だよ!」
「……え?」
「あれ?」
バーボンは豆鉄砲を食らったような顔をした。たぶん私もそうだろう。数秒、無言の状態が続いたあとにバーボンはおそるおそる「誕生日じゃ、ないのか?」と聞いてきた。
「あ、うん。誕生日だったよ。先々週ね」
一気に気が抜けた。
それはバーボンも同じのようで、さっきまでの勢いはどこへいったのかフラりとソファーに座った。そのまま呼吸を整え、落ち着いた声で「誕生日おめでとう」と微笑した。そして手に持っていた紙袋を私に渡した。
「スコッチからだ。さっきスコッチの家で愛子に渡すはずだったこのプレゼントと、あと誕生日だったことを書いたメモを見つけたから持ってきたんだ」
笑顔に隠れて悲しそうな表情が見えた。バーボンもスコッチの死を悲しんでいるのか。裏切り者だったけれど、それでも一緒に任務に当たって一緒に過ごして笑ったことに違いはない。きっとスコッチだって潜入中、一瞬でもバーボンやライに気を許したこともあっただろう。
裏切り者であっても憎まずに許して、そして死を悲しむなんて本当にバーボンは優しい人だ。わざわざプレゼントも持ってきてくれたし。
受け取った紙袋の中には、可愛いピンク色の包装紙と金色のリボンでラッピングされた小包が入っていた。
「開けていい?」
「もちろん」
了解を得てから包装紙のテープを剥がす。
中から出てきたのは布だった。白地が見えないくらい大きな赤い花柄が散りばめられている。服にしては分厚い生地に首をかしげて広げてみると、それはエプロンだった。腰から裾にかけてはフレアになっていてお洒落だ。可愛いけど可愛すぎなくて、私でも恥ずかしくならずに着られる。
「気に入った?」
「うん! すごく可愛い」
「そうか、……それならスコッチも喜ぶよ」
「もっとスコッチが喜ぶように、いっぱい使わないとね。今度、バーボンとごはん作るときはこのエプロン使わなくちゃ」
バーボンとサンドイッチを作って、それをスコッチと三人で食べたのがついこの間のことだ。あのときは、まさかこんな早くお別れするとは思わなかった。また違うサンドイッチ一緒に食べるんだと、そう信じて疑わなかったのに。
手に持ったままのエプロンに視線を落とした。誕生日プレゼントで、そして大切なスコッチの遺したものだ。今からこのエプロンを着るのが楽しみだ。エプロンを紙袋に仕舞い、忘れないように机に上に置いた。
ベッドに戻るときに、バーボンがもう一つ袋を持っていることに気がついた。なんだろう、と見ているとバーボンが躊躇いながら差し出してきた。
「誕生日おめでとう」
「うん? それはさっき……」
「さっきのはスコッチからだ。……これは僕から、と言ってもスコッチほどのものじゃないが」
袋には四角い箱が入っていた。その大きさと不安定な重さですぐに何かわかった。
「ケーキ?」
「ああ。誕生日を知ったのがさっきだったから、ケーキくらいしか買えなかったんだ。……早くスコッチのプレゼントを渡したくてな。それに二人しかいないからホールケーキでもないんだ」
箱を開けてみると、確かにイチゴのショートケーキが二つ入っていた。一つには「おたんじょうびおめでとう愛子ちゃん」と書かれたチョコプレートが乗っている。
「スコッチのと比べれば見劣りするが……」
「ううん、そんなことないよ。スコッチのエプロンも、バーボンのケーキもどっちもすごく嬉しい」
本心から言っているのに、バーボンは不服そうな顔をしている。
「そんな顔しないでよ。本当だよ。だってケーキが二つってことはバーボンも食べるんでしょ? バーボンが一緒に食べるなんて珍しいから、それだけで嬉しいよ」
そう言いながら、机の引き出しから紙皿を取り出すためにもう一度立ち上がった。そのときに、ふと悪戯心が沸き上がった。そっとケーキの箱を机の上に置くと、バーボンの懐へ飛び込んだ。ソファーに座ったバーボンのお腹の上に乗るように飛び込んだので、少し衝撃が強かったようだ。バーボンは呻き声をあげた。
「ごめん、痛かった?」
「いや大丈夫だ。それより急にどうしたんだ」
「ケーキだけだと嫌そうだから、もう一つプレゼントもらおうと思って。……知ってる? 三十秒ハグしたら、一日の三分の一のストレスが減るんだって」
理由を言ってもバーボンは戸惑ったまま。バーボンの年齢と顔なら、ハグくらい今まで何十回とやってきてるだろうに。
「あと、ケーキとスコッチからのプレゼントのお礼。バーボンもストレスすごそうだからね」
言外にバーボンもハグするように言えば、ぎこちない動きで私の背中に腕を回した。最初は遠慮がちだったけれど、私が強めに抱き締めるとバーボンも体の力を抜いた。
親しかった仲間が裏切り者だったと知らされて、しかも殺されたんだから今のバーボンはそうとうストレスが溜まっているだろう。昨日からずっと上の空だし、ハグするときに気づいたけど少しやつれている。悲しそうな表情をしたかと思えば、憎々しげな表情をしたり、そうかと思えば焦燥感を漂わせている。そしてそれを全部押し隠そうとしている。だけど私はバーボンの近くにいるし、バーボンも私を子どもだと思って油断しているから仮面の下がチラチラと見えていた。
ぴったりとハグしたまま、ぽつりと「スコッチ」と言えばバーボンの体はわずかに強張った。
「優しかったね」
「……ああ」
「裏切り者だったって言われてちょっと納得しちゃったよ。だってジンと正反対に見えるし。まあ言われてみたらって感じなんだけどね」
「そうだな」
「……寂しくなるね」
バーボンは何も返事をしなかった。絶対に寂しいくせに。
もう三十秒以上経った。バーボンから離れると、急に温もりが消えて少し寒く感じた。だけど体は軽い。バーボンもそうだといいな。
すぐに立ち直れるものじゃないし、そもそも大っぴらに悲しめないから傷が癒えるのも時間がかかるだろうけど、バーボンならきっと大丈夫。