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 ただでさえ寒い二月の頭。そんな季節にまさかの東北山形への任務。任務と言っても正式なものではなく、ただの情報収集だけど。
 ここのところ任務続きで研究所には寝に帰っているだけのような生活だったから、気分転換になるかと思ったのに、生憎空模様は悪く、今日は一日ホテルにいるようにとバーボンに言われてしまった。窓の外で降る雪は穏やかだけど、午後から吹雪になるらしい。私をホテルに閉じ込めた張本人のバーボンは一人で情報収集に行ってしまうし、これじゃあ研究所にいるのと一緒じゃない。少し部屋が広くて家具が充実しただけ。
 せめて町なかのホテルならこっそり外出できそうだけど、ここはスキー場直結のホテル。外に出たって雪山しかない。
 どうしてわざわざスキー場直結のホテルなのかというと、バーボン曰く、接触したいやつがここに泊まってスノーボードをするはずだったのだという。その人物は結局予定が変わって来ないそうだから、無駄に雪山に泊まることになってしまったのだ。
 ボスンとベッドに倒れこんで、隣のバーボンのベッドを見た。
 スコッチが処分されてから、バーボンは現実から目を背けるかのように休みなく任務を入れている。悲しいのなら、いっそどん底まで落ち込んでしまえばスッキリしそうなものなのに、バーボンは頑なに平常心を装おうとしている。隣で見ている私からすると無理しているのが手に取るようにわかる。こんな組織にいるのだから感情を出して不利になることはしたくないのだろうけど、それで無理して体を壊したらバーボンの身まで危ないのだから休息をとってほしいものだ。
 朝、バーボンが部屋を出て行ってからもう五時間も経っている。お腹がぐうと空腹を告げているから何か食べたい。
 勢いよくベッドから起き上がって、壁にかけた黒のダウンを羽織り、耳あて付きのニット帽を被った。ホテルの中とはいえ廊下は寒い。椅子の上に置いてある小さな黒のリュックに財布やハンカチが入っていることを確認してから、それを背負って部屋から出た。
 昼時を過ぎた二時だしあまり混雑していないかな、なんて軽い気持ちで食堂へ行ったが予想は大外れだった。
 広い食堂はスキーウェアの中学生でいっぱいだ。一瞬、どこかの中学校が遠足で貸し切りにしているのかと思ったけれど、よくみればちらほらと一般客も混じっている。
 空いている席はないけれど、中学生が食べているラーメンや定食を見たらレストランではなくこっちで食べたくなる。それにホテルの一階は雪が溶けてジメジメしている。移動するのは億劫だ。
 混雑した食堂と、移動しないといけないレストラン。天秤にかけたら食堂が勝ったのでさっさとカウンターでラーメンを注文して、人がよさそうな中学生と相席した。
 割り箸を割って、ご当地ラーメンだというそれに期待しながら麺をすすった。縮れ麺にあっさりとした醤油ベースのスープが絡んでいて美味しい。
 期待以上の美味しさに気分がよくなっていると、少し離れたところに人が集まって騒いでいることに気付いた。キャーキャー騒ぐ女子中学生の群れの中心にいるのはイケメンの男。人気の若い教員という風貌でもないし、サインをねだられているところを見るとどうやら芸能人らしい。仕事柄、芸能人なんて腐るほど見ているし、そんなことより目の前のラーメンの方が大事。とは思いながらも、周囲の女の子たちの話を盗み聞きしてしまうのは職業病だ。
 隣に座る女の子によると、囲まれている男は俳優の箕輪奨兵。映画の撮影のために来ているらしい。
 ふうん、俳優か。この前組織に殺された三谷原のことが脳裏によぎった。芸能人のすべてが裏社会と接するわけじゃないけど、一般人よりは接触する機会が多い。あの箕輪という男もどこかで裏社会と交わるかもしれない。そんなこと、ない方がいいけれど。
 黙々とラーメンを食べ進めていると、突然少年の怒鳴り声が響き渡った。

「人間がやったから犯罪っちゅうんじゃ!! それに不可能なモンがあるか! ボケェ!!」

 普段聞きなれない関西弁の怒声に、肩がびくりと跳ねた。
 何事だと声の方を見れば、さっきの俳優の近くで騒ぎが起きている。

「ごめんな、びっくりしたやろ?」
「え?」

 突然、隣の席に座るおさげの女子生徒に話しかけられた。その子は苦笑いを浮かべて、怒声を放った少年を指さした。

「あいつ、すぐ頭に血が上ってまうねん。私もよくビックリするわ」
「犯罪とか言ってたけど、何か巻き込まれたんじゃないの? 先生呼んでこなくて大丈夫?」
「大丈夫大丈夫、どうせいつもの探偵ごっこやから」
「探偵?」
「そうそう。四年前にここで殺人事件が起こったーって言ってるの聞こえたから、服部が勝手に首突っ込んでるだけやで。あいつよくそういうことしてるから、先生もよう知ってるし大丈夫や」

 女子生徒に同調するように、周りの生徒も「いつものことや」と笑っている。
 四年前とはいえ殺人事件に関わろうとしているんだったら、なおさら先生を呼んだ方がいい気はするけど部外者の私が関わることじゃないか。
 レンゲでラーメンを掬って食べながら、服部という少年を見る。色黒の、緑のスキーウェアを着込んだ彼はなにやらまだ箕輪に突っかかっている。

「なあなあ、そういえばなんて名前なん? 私は枚本未来子。未来の子って書いてみきこって読むねんで。いい名前やろ」

 また隣の女子生徒が話しかけてきた。
 服部という少年が気になるけれど、ここから様子を見ているだけより枚本さんから情報を聞き出す方が得策かな。

「愛子だよ」
「愛子ちゃんかー、可愛いなあ。お父さんかお母さんは一緒じゃないん?」
「うん。部屋にいるよ」
「えらいなあ。愛子ちゃんは旅行? 関東の人?」
「そうだよ。東京から来たんだ!」
「そっかあ。私らは大阪からやで。修学旅行やねん。ほんまはテーマパークとかがよかってんけど……、しゃあないなあ」
「ねえ、未来子お姉ちゃん」

 私がそう言うと、枚本さんは周りの子に「キャー、未来子お姉ちゃんやって! めっちゃ可愛くない?」と興奮気味に話しかけた。私の言葉にいちいち大げさに反応して、これでは話が進まない。幸い、周りの生徒は冷静なので枚本さんの腕をつかんで無理やりこちらに意識を向けさせた。

「あのお兄ちゃんってすごいの?」
「お兄ちゃん? ああ服部のことか。……すごいんじゃないかな、さっき探偵ごっこって言ったけど一応事件解決してるし。あ、でも事件ってそんなすごいもんちゃうで。だからあんな啖呵切って大恥かかんか心配やわ」
「でも何かわかることがあったから叫んだんじゃないの?」
「いやー、服部なら絶対その場のノリで叫んでる。だいたい叫んだのだって、四年前の事件の犯人は雪女やって言ってるの聞いて『人間やー!』って叫んだだけやし」

 枚本さんの話が本当なら、服部という少年は面白そうだけど四年前の事件とやらを探偵ごっこで調べ回って終わりそうかな。まあ、その探偵ごっこでも面白そうだけど。暇つぶしにはなりそう。
 服部という少年のことを聞いたからか、枚本さんは「もしかして服部のこと気になるん? 一目惚れ?」と聞いてきた。まさか十歳も下の子どもに一目惚れするはずがない。今の見た目で言えば逆になるけど。
 そんなことないよと笑って否定したら、ほっと安心したように胸を撫で下ろした。もしかして、この子が好きだったのかなと、甘酸っぱい青春を思い浮かべて聞いてみたが反応は思ったものではなかった。

「え、私が服部のことを? ないない、ちゃうちゃう。服部のこと好きなんは服部の横に座ってる、オレンジのウェア着た子や。あの二人幼馴染で付き合ってこそないけどもう夫婦みたいなもんやから、もし愛子ちゃんが好きになっても手出しできんくて可哀想やって思ってな。愛子ちゃんが違うんやったらそれでいいねん!」

 わざわざ会ったばかりの子どもに忠告するほど、あの二人は公認の仲なのか。あとで探偵ごっこについて行こうと思っていたから気をつけないと。
 他にも二人について事前に情報がほしかったけれど集合の時間らしく、枚本さんは他の友達を連れて席を立ってしまった。
 服部くんとやらはまだ話している。人がまばらになったからここまで声が聞こえる。四年前の事件を解くために捜査に行きたいけれど午後も行動がびっちりらしい。そりゃそうだ。学校行事で来ているみたいだから分単位でタイムスケジュールが組まれていて勝手な行動なんてできないだろう。
 これは大見得切っただけでなにもせずに終わっちゃうかな。
 焦り顔の服部くんを見ながら、スープに浮かぶもやしを手繰って食べる。

「おーい、昼飯食べてる改方学園中等部の生徒ー、よく聞けよー!! 外が吹雪いてきたから午後のレクリエーションは中止や! 外に出ずにホテルで待機しとけ」

 中年男性の野太い声が食堂中に響き渡った。その言葉を聞いて、まだ残っていた生徒は残念そうな声を上げている。それとは逆に服部くん一人だけ「よっしゃ」と嬉しそうな声を出していた。

「おい服部、俺の言葉聞いてたか。外には出んなよ」
「わかってるって。ちゃーんとホテル内におるから安心しといて先生」
「遠山、お前服部と同じ班やったな。こいつのことちゃんと見張っとけよ」
「はーい」

 オレンジのスキーウェアを着た彼女が元気よく返事をすると、先生は食堂から出て行った。その直後、服部くんは皿に残ったカレーを勢いよく口に詰め込み席を立った。服部くんの隣の彼女もそれに続く。そのまま食器をカウンターに返して食堂を出て行こうとするので私もそれを追いかけることにした。

ヒトリヨガリ