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 ホテルの玄関に行くと、外で例の色黒の少年とオレンジのスキーウェアの彼女が何やら言い争いをしているのが見えた。
 スキー場の方に向かう少年の腕を少女が引っ張っているから、少女は先生の言いつけ通り少年をホテルに帰そうとしているのだろう。だけど男と女では力の差があるから少年はどんどん進んでいる。
 早く追いかけないと吹雪で行方がわからなくなってしまう。玄関から飛び出すと今まで感じなかった寒さが襲い掛かってきた。吹雪だけあって風も強く、木々の間を吹き抜けてきた風がヒュオーと音を立てている。顔に当たる雪が痛い。無防備な首元を守るためにダウンの襟元をぐっと上げたけれど、それくらいでは冷気は防げない。
 しかたない。あたりに人が少ないことを確認して幻術を使った。頭上に透明の板を出現させ上からの雪を防ぎ、そして寒さを少しだけ和らげる。あまり板を大きくしたり、寒さを和らげ過ぎると周りにばれてしまうからほどほどに調整しないといけない。完全に寒さを取り除くことはできないけれどないよりはマシだ。

「四年前の事件解くには、まず問題のリフト調べなあかんねん! どっかの中坊に先越されへんためにもなあ!」

 少年の怒鳴り声が聞こえた。
 さっきも食堂で怒鳴っていたし、もしかして気性が激しい子なのかな。口調のせいもあって脳裏に任侠映画の男たちが浮かんで少し足踏みした。枚本さんの様子じゃ、そんなに悪い子じゃなさそうだったけれど、同じ大阪人だから感覚がマヒしているだけかもしれない。いくら私がボンゴレでも、早口でまくし立てられたら怖い。そもそも私は諜報員で前線で戦うようなゴリラとは違うんだ。
 じりじりと様子を見ながら言い合う二人に近づいて、「あの!」と意を決して声をかけた。
 二人は同時に私を見る。

「どうしたん? 迷子?」

 少女が心配そうに膝を曲げて私の顔を覗き込んできた。少女の後ろにいる少年はめんどくさそうな表情だ。人情はどうした。

「迷子じゃないよ。お兄ちゃんが探偵だって聞いたからついてきたの」

 少年を指差して言えば、嬉しそうな表情に変わった。ダメ押しで「すごい探偵なんでしょ!」と付け加えると、にんまりと笑った。わかりやすすぎる。

「誰に聞いたかしらんけど、目の付け所がいい嬢ちゃんやな」
「愛子だよ」
「愛子ちゃんか。俺は服部平次や。まだ駆け出しやけど将来有望な探偵のたまごやから、よう覚えときや。こっちは遠山和葉や。別に俺と違って探偵でもないから覚えんでいいで」
「ちょっとなんでやの! 愛子ちゃん、よろしゅうね」

 和やかな自己紹介に安心した。さすがに大阪人と言っても一般人は普通の人か。
 しかし安心も束の間。服部くんは「じゃあそういうことで」と私を置いて捜査に繰り出そうとする。私みたいな子どもを連れて行くのは邪魔だろうけど、それでは困る。
 慌てて服部くんの服の裾を引っ張った。

「ねえ平次お兄ちゃん、捜査に行くんでしょ? 私もついて行きたいな」
「って言うてもなあ。吹雪やし危ないで。親御さんも心配してるんちゃうん」
「大丈夫だよ!」
「でもな、愛子ちゃん。私らもただの中学生やし、もし何かあったら愛子ちゃんのこと絶対守れるとは言い切られへんねん。だから天気も悪いしホテル戻ってくれへんかな?」

 遠山さんが眉を下げた。
 無責任に「いいよ」と言わない、いい子だ。だけど私は自分の身は自分で守れる。心配ご無用だ。
 幻術で出した透明の板だけでなく、私たちの周囲の空気をわずかに暖めた。天候を理由にするのなら、その理由をつぶしてしまえばいい。
 そして遠山さんの優しさを無視するようで心苦しいけれど、心を鬼にして攻略しやすそうな服部くんに向き合う。

「絶対に邪魔はしないよ。それに私が危険な場所は平次お兄ちゃんや和葉お姉ちゃんだって危険だよ! ねえ、ダメかな? 私、平次お兄ちゃんのかっこいい推理間近で見たいな」

 一か八かだ。
 木々はまだ激しく揺れているし、風も吹き荒れている。それに気づいてしまえば意味がないけれど、とりあえず私たちの体感は寒さが和らいだ。これでだめなら諦めてホテルの部屋に戻って、大人しくバーボンの帰りを待とう。
 服部くんは私の予想通り、「かっこいい推理」という言葉に惹かれたようで心が揺れている。
 彼の大人の部分が私をホテルに帰したがり、子どもの部分が自分の探偵ぶりを見せつけたいと思っているのだろう。服部くんが高校生なら帰されたかもしれない。しかし彼はまだまだ幼い中学生。

「しゃーないなあ!」

 服部くんの言葉に私は心の中でガッツポーズをした。
 遠山さんは「あかんって! 危ないで!」と服部くんをたしなめているけれど、服部くんは「ついてきてもいいけど、絶対に俺らから離れたらあかんで」とどこ吹く風とばかりに遠山さんを無視して私に忠告する。

「うん! 危ないことは絶対しないよ」
「ほら和葉、嬢ちゃんもこう言ってるねんから別にええやろ」
「もう……。でもやっぱりリフトのそばは危ないで。ホテルから離れてるし、もしもっと吹雪がきつくなったら、愛子ちゃんをホテルに帰したくても帰されへんやん。だからリフト調べるんはあとにしやん? この吹雪が収まってからでも遅くはないやろ?」

 遠山さんが言っていることはもっともだから服部くんも私も反論する余地はない。もとより私は二人について行けたらなんでもいいのでリフトを調べようと他のところを調べようと関係はない。
 服部くんも遠山さんの意見に賛成しつつも、どこか煮え切らないような言葉でちらりとどこかを見た。
 服部くんの視線を追うと、そこにはビデオカメラをかまえた妙齢の女性。スキーゴーグルで顔はわからない。
 彼女のかまえているビデオカメラのレンズは私たちの方を向いている。
 うわ、カメラだ、と慌てて顔を隠そうと手が動いたけれど、そんなあからさまなしぐさをしては無駄に怪しまれる。幸い今はダウンの襟で首元を隠しているし、ニット帽も深めにかぶっている。私を撮っているわけではないのなら、ただの背景の一部でしかないだろう。
 そう思ってもカメラのレンズが気になる。これは職業病だ。
 服部くんがビデオカメラの女性に歩み寄ると、怖い顔をして「コラ! ええ加減にせえよ!!」と怒鳴った。

「さっきからジロジロ撮りくさって……」

 喧嘩腰の服部くんを遠山さんは止めに入る。

「ええやん! この雪の風景撮ってはるだけかもしれへんし……」
「ちゃうちゃう! このオバハンが撮ってんのはこのオレや!」

 ずいぶんと自信満々に言い切る。
 まさか服部くんのストーカ? と心配しながら見守っていると、服部くんは勢いそのままに「オレのオカンなんやから!」と続けた。
 遠山さんは声に出して驚き、私も声こそ出していないけど驚いて女性の顔をまじまじ見た。しかしニット帽とスキーゴーグルで顔のほとんどは隠れている。スキーウェアも体のラインを隠すし、本当に母親なのだろうか。
 私の疑問を解消するように女性はゴーグルを外した。
 現れたのは、色白でつり目な美女。どことなくベルモットを髣髴とさせる気位の高そうな人だ。妖艶であやしい美しさがあるが、表情は服部くんのような茶目っ気がある。

「さすがやね平次! あの人に似てええ勘働きしてはるわ!」

 嬉しそうな顔で言う「あの人」とは服部くんの父親、つまりこの女性の夫のことだろうか。
 女性は私の方を見て「平次の母の服部静華言います。さっきから見てたけど、なんや平次のファンみたいやね。この子まだまだ半人前やけど応援したってな」と優しく微笑んだ。
 母の顔だった。自分の息子が愛おしくてしかたがないと溢れている。私にはもう向けられることのない微笑みに少しだけ胸が痛んだ。本当に少しだけ。

「はい! 平次お兄ちゃんが立派な探偵になって活躍するのを楽しみにしてます」

 よろしくお願いします、と頭を下げると「まあまあ、小さいのに偉いなあ。平次の小さいときとは大違いやわ」と大袈裟に笑う。引き合いに出された服部くんはむすっとしているけれどポーズだけだろう。
 話を変えるように遠山さんが「はい」と手を挙げてみんなの視線を集める。

「ここで何してはるんですか?」
「平次、東北の方にあんまり来たことないから、心配で心配で……」
「アホぬかせ! オレが生まれてからずーっと撮ってる成長ビデオのコレクションに加えたいだけやろが!!」

 そういえば静華さんはずっと服部くんのことをビデオで撮っていた。さっきの服部くんと同じ、むすっとした顔をしているところを見ると本当に成長ビデオのために修学旅行についてきたのだろう。母の愛というより過保護だったか。

「ええか? 吹雪が収まるまで一旦ホテルに戻るけど、あんまり目立つマネすんなや! 中学にもなって、親がついて来てるて思われたら恥ずかしいからなっ!」

 静華さんに背を向けてそう言うと、ざくざくとホテルに向かって歩き出した。それを追うように私と遠山さんで追いかけた。

ヒトリヨガリ