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 吹雪がおさまったとはいえ外は寒い。玄関から出たとき、さっきと同じく幻術で上空に屋根を作って私の周りの気温を少しだけ暖かくした。
 寒そうにしている人たちを横目に、悠々と雪を踏む。
 遠山さんと手を繋ぎながら歩くのは新鮮で楽しいし、遠山さんの反対側には女優さんがいる。癒される空間だ。

「お姉さんは何役なんですか?」
「え?」

 女性は細い垂れた目を大きく開いた。
 何か驚かすようなかことを言ったかな? と思っていると、女性は困ったように曖昧な笑みを浮かべて「私は役者さんにメイクをする人だから、役はないのよ」と言った。
 まっすぐで綺麗な黒髪に、ぽってりした唇と色っぽい垂れ目。こんなに雰囲気があって女優さんじゃないなんてもったいない。

「私は立石雫よ」
「私は愛子だよ!」
「あなたたちは姉妹なのかしら? それともあっちの男の子の妹さん?」
「あ、ちゃいます。この子、平次が探偵って聞いてついてきたんですよ。……私は遠山和葉です」
「あら、そうなの。そういえばあなたは関西弁じゃないものね」

 立石さんは微笑んだ。
 サラリと肩に落ちた髪は無造作に束ねられていて、言われてみると今からカメラで撮られるとは思えないラフさだ。
 前を歩く男たちに置いて行かれないように気をつけながら、女三人で一緒に歩く。女が三人も集まって無言のままであるはずもなく、まずは遠山さんが喋り、それに立石さんが答え、私も会話に加わり楽しくお喋りが始まった。
 遠山さんは立石さんの仕事に興味津々だ。立石さんはただのメイクさんではなく、特殊メイクを施すらしく話を聞いていて飽きない。変装は私も数回したことがあるけれど、特殊メイクなんて高度なことはやったことがない。ウィッグをかぶってメイクをして、服を着替えてといった程度。シリコンマスクなんて使ったことないし、エアブラシでメイクをしたこともない。
 特殊メイクや業界の裏話を話し終わった立石さんは私を見た。

「愛子ちゃん、こんなところまでついてきていいのかしら?」

 ホテルからずいぶんと離れてしまった。保護者不在の未就学児を連れて回るのは、大人の立石さんからすると心配なのだろう。

「愛子ちゃん、さっきも一人でゲレンデ行ってたんですよ。私もこんなちっちゃい子、連れて行くのは怖いんですけど、平次について行きたいって言うし一人でうろうろさせるよりは一緒におったほうが安心かなって」
「……たしかにそうね」

 遠山さんのおかげで、ホテルに戻されずに済んだ。
 立石さんは「絶対にお姉ちゃんの手を離しちゃ駄目だからね」と念を押し、遠山さんはぎゅっと私の手を強く握りしめた。

「うん。離さないから大丈夫だよ」
「それならいいけど、お父さんかお母さんにはちゃんと言ってきたの?」
「……言ってきたよ」

 立石さんはあまり信じていない顔だ。

「暗くなる前に帰るって言ったから大丈夫だよ」
「そう……」
「それより! 映画のこと聞きたいな」
「映画の話?」
「うん。今回の話って、四年前の事件を元にしているんでしょう?」
「ええ、そうだけど詳しくは私も知らないのよ」

 立石さんの言葉に、私と遠山さんは顔を見合わせた。
 スタッフの立石さんも詳しく知らないってどういうことだろう。

「結末の台本をまだ貰っていないのよ。たぶん役者さんもそうだと思うわ」
「そんなことってあるの?」
「滅多なことではないけれど、監督って変なこだわりを持つ人が多いからね。貰ってないのは結末だけだからそんなに困らないわ」

 直前に貰って演技をするのなんて大変そうなのに、立石さんはなんでもないように言った。

「じゃあ亡くなったスタントマンの人ってどんな人だったの?」
「こ、こら愛子ちゃん!」

 遠山さんが慌てて私の口を塞ごうとしたが、すでに立石さんに聞こえていた。
 亡くなったスタントマンが立石さんの婚約者だったと知っていて、こんなに直球に聞く人はいないだろう。私だって元の姿じゃ絶対に聞かない。

「優しい、穏やかな人だったわ」

 立石さんは笑っていた。

「なんかありきたりな言葉ね。だけど本当にそういう人だったの。……だから自殺するとは思えないのよ。殺されたとも思わないわ。だって恨みを買うような人じゃなかったもの」

 亡くなった婚約者を偲ぶような目で立石さんは言う。
 自殺も他殺も考えられないのなら、残るは雪女しかない。
 昔の私だったら雪女なんて信じないけれど、私や綱吉、それに綱吉の守護者たちはプリーモとその守護者たちをこの目で見た。死んだはずの彼らを見ることができたのだから、雪女くらいいても不思議じゃない。
 雪女じゃなく、幻術使いの可能性だってあるのだ。
 これは気を引き締めた方がいいかもしれない。
 もしものときは、綱吉に連絡をした方がいいかもしれないなと考えていると、前にいた箕輪が大きな声を出した。

「じゃあ俺はリフトで上に行ってくるから、君たちはここで待っててね」

 ファンにそう言い残し、担いでいた大きなボストンバッグを雪の上に置いてリフト乗り場に消えていった。
 箕輪がいなくなると、ファンたちはよりいっそう騒がしくなった。箕輪が目の前にいる緊張がなくなったため興奮して箕輪の話をしている。
 私たちは服部くんや映画スタッフのそばに近寄った。
 立ち止まると寒さが厳しく感じる。だけどこれ以上、幻術を使うと周りとの差が大きくなってしまう。これくらいは我慢しないと。
 しばらく無言のまま箕輪が滑るのを待っていたが、混んでいるのか箕輪が滑ってこない。
 立石さんは監督に近づいた。

「先に上のロッジに行って準備していますね」
「ああ。三俣君も先に行っているから」
「わかりました」

 三俣とは誰だろうとスタッフの顔を確認すると、眉毛の太いスタントマンがいなかった。彼が三俣なのだろう。
 スタントマンなら事前に色々と確認することもあるし、箕輪のファンサービスに付き合ってられないのだろう。
 立石さんが私たちのそばから離れて行っても、まだ箕輪は滑ってこない。

「愛子ちゃん」
「なーに? 和葉お姉ちゃん」
「寒くない?」

 遠山さんは心配そうに聞いてきた。

「なんや和葉、えらい甲斐甲斐しいな」
「アホ! 子どもは風邪ひきやすいねんから私らがちゃんと見とかなあかんやろ」
「寒かったら寒いって言うやろ」
「図太い平次と一緒にしたらあかんわ! 愛子ちゃんはこんな小さいねんから!」
「俺だって小さいときはあったねんで?」
「小さいときも平次は図太かったわ」

 突然始まった喧嘩に目を白黒させる。
 険悪な雰囲気のようにも見えるが、二人の表情を見るとただの痴話喧嘩ということがわかる。昔の話を引き合いに出して怒る遠山さんと、軽くあしらう服部くん。私の頭上で言い合うのはやめてほしいが、じっと箕輪を待つよりはいい。

「愛子ちゃんの近くに平次がおったら悪影響やわ」
「なんや、その子からついてきたのに俺が悪者か」
「そんなことないけど……。大人しいし、受け答えもしっかりしてるし、わがままも言わん。どっか、ええとこの子とちゃう? もし平次のせいで悪い癖ついたら……」

 不安そうな遠山さん。
 服部くんは溜息を吐いて、私を見下した。

「親はどこにおるんや」
「部屋にいるよ」
「部屋? スキーに来たのに部屋にこもっとるんか? それに子どもを一人で歩き回らせて?」

 やばい。食堂で枚本さんにそう言ってしまったから矛盾しないように合わせたけど、服部くんの言うように私みたいな年齢の子どもを一人でホテルの部屋から出すのはおかしい。親が部屋にいるのならなおさら。

「お母さん、風邪ひいたから外には出られないって」
「お父さんは?」
「仕事だって。お母さんが『ごめんね』ってずっと言ってるから、一人でも楽しいよって言って部屋を出てきたの。本当は部屋の近くのロビーにいようと思ったんだけど、つまらなくて下に降りちゃった」
「なんや愛子ちゃん、やっぱり親に言ってきたって嘘やったんや」
「……うん。和葉お姉ちゃん、嘘ついてごめんね」
「いいよ。部屋に戻らされて、お母さんに心配させたくなかったんやろう?」
「うん……」

 人のよさそうな中学生につけ入るには、親を使うのが一番。
 風邪をひいてしまって、せっかくスキー場に来たのに子どもをスキーに連れて行けない可哀想な母親と、母親の罪悪感を少しでも軽くしようと気丈にふるまおうとする健気な子ども。安いファミリードラマのような設定でも相手が中学生なら簡単に騙せる。

「で、でも平次お兄ちゃんの推理を見たかったっていうのは本当だよ!」

 なんて言えば簡単に落ちた。
 二人はさっきまで私をホテルに戻そうとしていただろうが、今はその様子はない。
 勝った。
 幼い表情の裏でほくそ笑んでいると、周りの女の子たちが色めき立った。今から滑ると箕輪から電話がきたらしい。みんなが固唾を飲んで雪山を見ていると、青いスキーウェアと紺のニット帽の男が滑ってきた。箕輪だ。
 急な斜面を右に左にリズムよく蛇行しながら滑り降りてくる。上半身は安定していて噂どおりスキーがうまい。
 勢いを殺さないまま私たちの目の前まで来ると、ぶつかるギリギリでスキー板を回転させて雪を蹴散らしながら急ブレーキをかけた。
 キャーキャー叫んでいた女の子たちは箕輪にアンコールを求めたが、箕輪は地面に置いていたボストンバッグを持ち上げた。

「ダメダメ、今日はこれ一回だけ。続きは映画でよろしく」

 スキーゴーグルをかけたままだけど、かっこよさは変わらない。

「もう四時前じゃないか!! 早く上のゲレンデのシーンを撮らないと……」

 監督は腕時計を見て慌てた。

「じゃあ先にリフトに乗せてもらいましょう。五時過ぎると真っ暗ですから……」

 箕輪の言葉に監督は頷き、リフトの方へ歩いて行こうとしたが、探偵の男がそれを止めた。
 特殊メイクの立石さんと、スタントマンの三俣さんの姿が見えないから不振に思ったらしい。監督が二人が先に上に行っていることを教えると、探偵は納得した。

ヒトリヨガリ