56

 いざリフトに乗ろうとしたとき、問題は起きた。なんと係員に止められてしまったのだ。
 リフトは二人乗り。そして子どもは保護者なしに乗ることはできない。

「ほんなら和葉と一緒に乗ったらええやろ」

 服部くんに言われて遠山さんを見るが、彼女は眉をハの字に歪めて困っている。

「そ、それが……」
「お前、上級者コースにおったねんからいけるやろ」
「で、でも、うち小さい子と一緒に乗ったことないし不安や……」
「じゃあ俺が嬢ちゃんと乗って、お前は一人で乗るか?」
「それはあかん!」
「なんや急に叫んで」

 どうしたんだろう。服部くんと二人でリフトに乗りたいのかな?
 リフトは前後に人がいるとはいえ距離が開いているし、なにより密着できる。遠山さんが服部くんのことが好きなのなら修学旅行の思い出に、ぜひ一緒に乗りたいだろう。観覧車よりもスリルがあるし近づけるんだから。
 それなら私は遠慮して映画のスタッフと一緒に乗せてもらおうかと思ったが、私たちの後ろに映画スタッフはおらず、今探偵が一人でリフトに乗ったところだった。

「ごめん愛子ちゃん! ここで待っててもらっていい?」

 係員にせかされながら遠山さんは叫ぶ。

「平次のおばちゃんが近くにおるはずやから、一緒におって!」
「うん、わかった! 気をつけてね」

 了承すると遠山さんはほっと安心しながらリフトに座った。
 遠ざかる二人を見送ってから振り返ると、菫色のスキーウェアを着た静華さんがビデオを片手に微笑んで立っていた。

「うわあ!」
「あら、驚かせて堪忍ね」
「い、いえ……。あのお兄ちゃんとお姉ちゃんが戻ってくるまで一緒にいてもらってもいいですか?」
「ええ。さっきからここにおったから知ってるわよ」

 静華さんは微笑んで手を差し出してきた。
 お礼を言いながらその手を握った。
 リフトに乗る列から離れると、遠山さんたちの学校の生徒たちが楽しそうに遊んでいる。昼に食堂で見た顔がちらほらある。
 静華さんはその生徒たちもビデオに収めている。

「静華さんはビデオが趣味なんですか?」
「ええ?」
「だって平次お兄ちゃん以外も撮っているから……」
「ああ、これは平次に頼まれてるねん。四年前のこと調べたいから撮っといてーって」

 いつの間に。
 服部くんと一緒にいたのに気がつかなかった。

「あ、せや! 愛子ちゃんは平次の推理見たいんやろ? せやったら、おばちゃんが一緒に乗って上まで行ったろうか? うちも平次の姿ビデオに撮りたいし」

 ニコニコと静華さんは笑う。
 絶対に静華さんが服部くんのビデオを撮りたいだけだ。向こうに行く理由に私を使いたいだけだ。
 だけど一緒に乗ってくれるというのならお願いしたい。
 頷くと、静華さんは「じゃあ決まりやな」とUターンして再びリフトに向かう。
 風がきつくなってきたからか、並ぶ人は少なくすぐに順番が来た。
 後ろから迫ってくるリフトを見ながら座るタイミングを計っていると、静華さんが私の腕を掴んでリフトから離れた。

「え?」

 私たちが乗るはずだったリフトは、私たちを置いて吹雪に消えていく。
 なんで止めたんだ?
 静華さんを見上げると、彼女は綺麗な眉間にしわを寄せて、じっと雪山の方を見ていた。

「あかん」
「どうしたんですか?」
「微かにやけど、銃声が聞こえた」
「銃声!?」

 静華さんは真剣な表情でビデオで周囲を撮る。
 そうしている間にリフトは停止した。
 周りの人は吹雪のせいで停止したと思っているようだけれど、さっきまで人が次々に乗っていたんだ。今だってリフトに乗った状態で立ち往生している。そんな状況でリフトを停止させないだろう。それならば、静華さんの聞いたという銃声が原因か。
 リフトは十分もせずに復旧した。
 乗客を撮り続ける静華さんの横で乗り降りする人たちを見ていると、その中に遠山さんを見つけた。

「和葉お姉ちゃん?」
「あら、ほんまやね。どうしたんやろう一人で」
「ちょっと行ってきます!」
「気いつけてな」
「はーい」

 走って遠山さんの元に行く。
 係員に支えてもらいながら、よろよろとリフトから降りた遠山さんは、恥ずかしそうに笑った。
 上で何かあって降りてきたのかと思ったが、遠山さんは何かが起こったことは知っているが何があったかまでは知らないらしい。それならどうして降りてきたのか。

「上で降りられへんくて……」

 遠山さんは照れ笑いした。
 降りられないって、彼女は上級者コースのはずだ。さっき服部くんがそう言っていた。それなのに降りられない? タイミングを逃したのかな。
 そんな些細なことどうでもいいかと受け流そうとしたが、遠山さんの友人たちに呼び止められてそうもいかなくなった。

「和葉〜〜! あんたスキー上級者ちゃうやろ?」
「え?」

 突然話しかけられて遠山さんも私も動きを止めた。
 遠山さんお友人は四人。みんな意地悪い顔で遠山さんを見ている。

「リフトの降り方知らんもん」
「白状しい!」

 口々に詰め寄ると遠山さんは慌てて謝った。

「ごめん、堪忍して!」
「まあ、ええわ」
「服部と同じ上級者班にいたかったんやろ?」

 どうやら図星のようで、遠山さんは顔を真っ赤にさせた。
 それで私と一緒にリフトに乗れなかったのか。リフトに乗れない初心者が、子どもを連れて乗るなんて怖くてできないだろう。
 遠山さんはやいやいと友人たちに冷やかされている。嘘をついてまで同じ班になろうとしたんだから絶好のネタになるのも無理はない。修学旅行に友人の恋バナ。女子中学生にはこれほど楽しいものはない。

「この足の捻挫もハッタリやな?」
「あ、それはちゃう……」
「大丈夫やって、服部には内緒にしといたるし」

 笑いながら女子たちはどこかへ行ってしまった。

「和葉お姉ちゃん、捻挫してるの?」
「え? ああ、うん。昼間に捻挫してもてん」
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫! 全然たいしたことないから。歩いても痛くないし。さすがにスキーはでけへんけどな」

 遠山さんは笑って足首を叩いた。
 その表情に嘘はなさそうだ。
 本当は軽い捻挫でも安静にした方がいいのだろうけれど、あちこち歩き回る服部くんを一人にしたくないのだろう。私だって遠山さんの立場なら絶対に反対を押し切ってついて回る。だから「ホテルに戻った方が」なんて無粋なことは言わない。
 何も言わずに遠山さんと、静華さんの元へ向かった。

ヒトリヨガリ