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部屋に入るなり、汚れた服を脱ぎ捨ててボスンとベッドに飛び込んだ。
もぞもぞと泳ぐように前進してサイドテーブルの上にあるエアコンのリモコンを手に取り、そして天井に向けて電源ボタンをピッと押した。
鈍い機械が動く音が部屋に響く。
冷えた肌に生暖かい風が当たり、強ばっていた筋肉がほぐれていく。
バーボンは何時に帰ってくるのだろうか。というか何をしているのだろう。
バーボンが何かの情報を集め始めたことは気づいている。任務の合間にこそこそと人と会っているのを見たことがあるのだ。何度か尾行したことがあるけれど、いつも裏の組織と繋がりのなさそうな人と会っていて何を調べているのか皆目見当がつかない。
他の構成員にも探りを入れたが誰もバーボンが何の情報を集めているのか知っている人はいなかった。
ーーいっそ催眠術で喋らそうかしら。
いやいや、そこまでリスクを負うほどの情報なのかもわからないのに。
一般人としか接触していないということは、まだ情報を集める準備中なのかもしれないし。人脈を作ってから怪しまれないように情報を得ていく。バーボンならそれくらいやりそうだ。
でも、どれだけ警戒心が強くてもボロが出るのが人間だ。きっといつかは油断が生まれるだろう。それまで私は何も疑っていないように見せないと。
目を閉じてエアコンの送風音と時計の秒針の音のコーラスを聞く。何回か深呼吸をすると頭がすっきりした。重かった瞼が軽くなり、神経が鋭くなる。
服部くんたちは今ごろ楽しそうにホテルの中を走り回っているのだろうか。売店でいったい何をしているのだろう。私にはさっぱりわからない、この事件の真相。気になるといえば気になる。服部くんは映画スタッフの中に犯人がいると思っているらしい。
だけどそんなことができるのだろうか。
それよりも、それそこ本当に「雪女」が殺して、そして吹雪に混じって消え去った方が私にとっては不自然がなくすっきりする。
やっぱりそっちの線で綱吉に相談してみるか。
ごろんと寝返りをうって天井を見つめる。
相談の前に事件の概要をまとめなければ。
事の発端は四年前に遡る。映画撮影の仕事中に、アシスタントの水上という男が亡くなった。一人でリフトに乗っている間に、拳銃で頭を撃ち抜かれていた。状況から見て自殺と判断するのは当たり前だ。途中でリフトに乗るなんて普通の人間じゃできない。
だけど不可解な点があった。
私は腕を持ち上げ、空中に文字を書く。指の軌道に沿って宙に文字が現れる。
「水上」「死亡」。その文字の下に斜めの線を引いた。簡略化したリフトだ。
そして「水上」の横に四角を加える。これがこの事件の不可解な点だ。水上さんの横には、雪の詰まった鞄が置かれていたらしい。
どうして水上さんは、わざわざ鞄に雪を詰めてリフトに乗ったのか。どうしてわざわざ自殺にリフトを選んだのか。どうして手段は拳銃なのか。考えだすときりがない。
水上さんを知らない私でも、自殺という判断は疑いたくなる。自殺でないとなると他殺だろう。
一応の容疑者をまとめよう。
「監督」。彼はちょっと怪しい。四年前の事件を題材にした映画を撮ったらしいし、何か知っているのかもしれない。
「箕輪さん」。死んだ水上さんは箕輪さんのスタントマンだったらしいし、二人の間でなにかトラブルがあった可能性は十分に考えられる。
「立石さん」。彼女は水上さんの婚約者だったと言うし、彼女も箕輪さんと同じで被害者とトラブルがあった可能性はある。
名前を書きだしてみると案外少ない。
そして今日起こった新たな事件。水上さんとまったく同じ状況で箕輪さんが亡くなった。
新しく「箕輪」の名前を書いてから、水上さんと同じように名前の下に斜めの線を引く。
今回の容疑者は前と同じなのが「監督」「立石さん」。それに新たに加わったのが二人。
「元刑事の探偵」。彼は四年前の事件の水上さんの幼馴染み。水上さんの事件が自殺ではないと思い調査をするために探偵になった。
それから「三俣」。水上さんの代わりのスタントマン。影が薄くてあまりどういう人かわからなかった。
空中に浮かぶ六人の名前。その内二人は亡くなっているから残るは四人。
「雪女」「死ぬ気の炎」「リング」そんなことが頭の中をぐるぐる回っていたが、でも、何度も考えているうちにそれも変な気がした。能力があるのなら、どうしてわざわざリフトの上なんて変な場所を選んだんだろう。そこに引っかかる人が出るのは予想できるだろう。それこそ水上さんの幼馴染みの探偵のように。能力を持っているのに疑われるような方法を取るのは変だ。
雪女が武器に銃を選ぶだろうか? 能力があるのにわざわざ面倒な手段を選ぶだろうか?
そう考えれば、なるほど犯人はリフトの上でしか自殺に見せかけることのできない能力のない者だとわかる。
それが誰かはわからないけれど、私の出る幕はなさそうだ。おとなしく服部くんの推理を拝見にし行くとしよう。
部屋を出ようとドアに手をかけて、一瞬動きを止める。
――そうだ、バーボンに書き置きを残していこう。
そうしたら探しに来ることもないだろう。
部屋に戻り、ベッドサイドの机にあるメモに簡単に「ホテルの散策をしてきます」とだけ書き残し、今度こそ部屋を出た。
小走りで駆けると裾の長いダウンがぱたぱたと揺れてふくらはぎを擦る。こそばゆい感覚に耐えながら透視で服部くんたちがどこにいるかを探す。あちこち探し回るとスキー場のリフトのそばで三人の姿を発見した。
――上の山小屋へ行くのかな。
追いかけるために進行方向を玄関に向けた。