03

 リドルが初めてベガの家に行ってから二人は日毎に仲良くなり、しばらくするとベガがリドルに会いに行くよりも、ベガの家にリドルが遊びに行きそのまま宿泊することが多くなった。ベガの家には魔法についての本がたくさんあり、二人は小さな肩を寄せ合って本を読み、時間を忘れて魔法の話をした。好奇心旺盛な二人は本で知識を得るだけでなく、庭に飛び出してピクシーを捕まえたり、両親に実際に魔法を使って見せてくれるように頼んだりすることも多かった。
 今まで一人で遊ぶことが多かったベガがリドルと楽しそうに遊ぶようになったのでベガの両親は喜んでリドルを迎え入れた。そして、リドルに勉強を教えてもらうベガを楽しそうに見守っていた。またリドルも孤児院では味わえないような料理や温かい家に満足していた。孤児院では、リドルがアシュレイ家に引き取られるのも秒読みかと囁かれていた。
 その日もリドルはベガの家に泊まっていた。
 寒い日だったが雪は降らず、雲一つないくらい晴れわたっていた。日陰は肌寒いけれど日向に出ればぽかぽかと柔らかい日光が体を包んだ。こんな日は部屋にこもっているより外で体を動かした方が楽しい。魔法の勉強以外にも外で年相応の遊びを楽しんだ二人は、父親の書斎で疲れた身体を休めているときに小さな箱を見つけた。本の奥に隠すように仕舞われていた箱は小さなベガとリドルには好奇心を擽る塊のようなものだった。
 箱は木製でとても古い。数十年という年月では済まされない古さである。持ってみると軽く、振っても音はしない。しかし何も入っていないような軽さではなく、叩くと何かが詰まっているような音が響く。豪奢な装飾こそないが丁寧に作りこまれていることがわかる。木箱の四隅を飾る金属も綺麗に加工してある。
 高そうなその箱にリドルは及び腰になるが、ベガは気にせずリドルに箱を突き出した。

「なんだろうね。開けてみる?」

 暗い書庫でもわかるくらいキラキラした瞳で見つめられ、リドルは困った表情を浮かべた。リドルにしたら他人の家のものだ。勝手に開けていいか判断することはできない。それに箱は大事そうに隠してあったように思われた。もし見てはいけないものだったらいけない。そう思いリドルは、今にも箱を開けようとするベガの手を押さえた。

「アクイラさんに訊いてみた方がよくない?」
「パパに? うーん、でもパパ今日は帰らないって言っていたわ」
「それなら明日聞けばいいだろう? 今日、僕が泊まれば明日一緒に聞けるだろう」

 ベガが勝手に開けてしまわないようにリドルは素早くベガの手から小さな箱を取ると、元あった場所へ戻した。不貞腐れたように口をへの字に曲げるベガの頭を撫でると身近にあった絵本を一冊抜き出しベガに差し出した。

「ほら、一緒に読もう? あの箱はまた今度でいいじゃないか」
「今度じゃ嫌よ」
「だいたい鍵が掛かってたじゃないか。開けられないよ」
「あら、あんなボロボロの鍵すぐに壊せるわよ」
「ベガ」

 少し強く名前を呼ばれてベガは押し黙った。それでも諦めきれないのか、横目で箱をチラチラと見ている。

「ねえ、一回だけ。一回だけ開けさせて? 無理やり開けたりしないから」

 リドルは短く嘆息を漏らすと、仕方なく箱をベガに手渡した。
 喜んで箱を受け取ったベガは箱をじっくり見た。そして、金属の鍵穴の近くに文字が彫ってあることに気づいた。

「これ、何で彫ってあるんだろう?」
「……わからない。古代文字なのかもしれない。それとも呪文なのかな」

 頭のいいリドルもわからないなら私じゃわからないか、とベガは諦めて鍵穴を触ろうとしたが、ふと、曲線で彫られた繊細な線を知っているような気がした。暗号のような文字も、それが何であるのかも知っているような、知っていないとおかしいような、そんな気がした。

「……なにか、何かの名前のような気がする」
「わかるの?」
「そんな気がするだけよ。……なんだろう、見たことある気もするのよね。昔、どこかで」

 片手で頭を押さえながら文字を見ていたベガは、「愛子」とぽつりと呟いた。

「え?」
「愛子? 藤咲、愛子?」

 恐る恐るといった様子でそう呟いた瞬間、カチリと鍵穴から音がした。

「あ、開いた……」

 二人で驚いて顔を見合わせた。先にリドルが興味を抑えきれなかったようで、ベガの手の上にある箱をその上から包み込むように持ち、蓋を開いた。
 中には硝子の球体が入っていた。
 小さなリドルの拳よりも少し大きいくらいのそれの中には銀白色をした、液体のようなものがゆらゆらと輝いていた。

「何だろう」
「とっても綺麗ね。箱の中に仕舞っているのが勿体無いわ」

 ベガが硝子の球体を箱から取り出そうと、球体に指先が触れると中に入っていた物質がするするとベガの中に入っていった。
 驚き手を離すが球体から銀白色の気体が放たれており、それはベガの手に吸い込まれていく。球体の中身が半分以上無くなったとき、ベガの体はふらつき本棚にもたれ掛かるように倒れこんだ。

「ベガ、ベガ、しっかりして!」
「トム……だめ、くらくらするわ」
「気持ち悪いの? 水を持ってこようか?」
「だめ、時間がないわ。時間が……」
「時間ってなに! しっかりして、ベガ!」

 ベガを支えるリドルの腕を掴み、ベガは閉じていた目を開いた。

「聴いて、思い出したの。時間が、ないから、手短に言うわ」

 ベガは眉間に皺を寄せながら苦しそうに顔を歪ませた。そして大きく息を吸った。

「トム、ホグワーツで会いましょう」

 最後に笑顔で言い切ると、ベガの体は消えてしまった。書斎に残ったのは、呆然と座り込むリドルと木箱に入った空の硝子の球体だけだった。

ヒトリヨガリ