06
門をくぐるとピクシーたちがお出迎えしてくれた。長い石畳を歩きながら両親に何と告げればいいかを考えた。ここにくるまで何を話すかなんて考えていなかった。ただ、扉を開いて「ただいま」と言えば全て伝わる気でいたのだ。だけど、いざ目の前に来たら心臓がうるさいくらいに暴れる。
刻一刻と時間が過ぎる。勇気を出して呼び鈴を鳴らすと、パタパタと駆け寄ってくる音が聞こえた。屋敷しもべだろう。大人しい屋敷しもべに出迎えられたかったが、走る音からしてその願いは叶わないだろう。扉が開き、屋敷しもべが怪訝な顔から、絶叫するまでが長く感じた。
「奥様! 大変でございまする!」
キーキーと叫びながらママを呼びに行った。そしてすぐに他の屋敷しもべを引き連れて、ママは現れた。
「おかえりなさい。ランチはもう食べた? もうすぐできるけど食べる?」
記憶よりも少し老けてはいたが、優しい笑顔は変わっていなかった。
「……ただいま。ご飯はまだ食べていないわ」
「よかった。さあさあ、早く入って。いっぱい話したいことがあるんだから」
ママに招き入れられてダイニングに行った。ダイニングには小さい頃の私の写真の他に成長したトムの写真がたくさん飾られていた。よかった、トムは私がいなくてもこの家と繋がりがあったんだ。
今だからわかるけれど、トムは孤児院で孤立していたのだろう。それが、私の一家と仲良くすることによりトムの立場は強力な物になった。きっと今は孤児院で孤立していることもないだろう。可愛いトムの姿を直接見ることはできなかったけれども、額縁の中で静かに本を読む姿に安心した。
「ママ、長い間いなくなっていてごめんなさい」
「そんなこと気にしなくていいのよ。私もパパも、あなたが藤咲愛子だって薄々感づいていたもの」
「え、それって」
「小さいあなたはホグワーツで発見されたのよ。小さな木箱と一緒に。その木箱が文献にだけ残る藤咲愛子が作ったものだっていうことはすぐにわかったわ。それで、ホグワーツの先生からあなたの保護をお願いされたのよ」
木箱のことが文献に残っていたことも、ママが私のことを知っていたことも、ホグワーツの先生方が昔から私の存在を知っていたことも、すべて驚いた。
木箱は思い入れのあるものでもなんでもなかった。サラザールと一緒に鍵をかける魔法の練習に使ったものだ。初めて成功させたのがあの箱だったので、記念に置いていただけで文献に残るようなものではない。どんな文献なんだと恥ずかしくなった。有名になるというのも考え物だ。
私が消える間際言った「ホグワーツで待っている」という言葉はトムから両親に伝えられたらしい。だから再会できることを確信していたし、特に心配もしていなかったようだ。ランチを食べながらママがトムの思い出話をたくさんしてくれた。私がいなくなってから、両親はトムを引き取ろうとしたらしい。しかし、それをトムは断った。なぜ断ったかはわからないが、トムにも考えがあったのだろうとママは言った。引き取らなかったが両親とトムは相変わらず仲がよく、週の半分程度はこの家に泊まっていたそうだ。残念ながらトムはホグワーツへ行く準備をするために一昨日からこの家には来ていないらしい。そしてキングスクロス駅には一緒に行くが、それまでは会わないのだと言う。私はこのあとホグワーツに戻って入学式まで過ごすし、トムとはそれまで会えないようだ。
ママは私に今後この家に戻ってくるのかと聞いてきた。難しい問いだった。
元々私はこの世界の人間だった。とは言っても本当の両親の生きていたのは今よりあとの親世代。私が生まれたばかりのときに一家にヴォルデモートの魔の手が迫り、両親が命をかけて私を別の世界に送った。そのあと成長してから、こっちに戻ってきたときはホグワーツだった。両親の家はまだないし、藤咲愛子の家はホグワーツしかない。
私に行くところはなかった。
「じゃあ、ホグワーツを卒業するまで家にいなさいよ。未成年だと何かと不便でしょ? 未成年の内は保護者が必要だものね」
「いいの?」
「いいわよ。ベガは私の娘よ、守ってあげるわ。でもあなたは愛子でもある。だから好きなように動いたらいいの」
本当のお母さんのことを思い出した。こっちの世界に戻ってきて、幽霊となった両親と再開した。生まれたばかりで生き別れになったから、私はお母さんと呼べないでいたのに、お母さんは「愛子は私の娘なんだから」と言って私を抱きしめてくれたことがあった。命を懸けて私をこの世界に送ってくれて、そして死んでも尚、私を守ってくれた。そんなお母さんの姿と目の前のママの姿が重なって見えた。
「ありがとう」と震える声で言うと、にっこりと笑って「いいのよ」と言ってくれた。
そしてママと相談して、これからはベガ・愛子・アシュレイと名乗ることにした。藤咲愛子ではなにかと目立つことが多いので、ホグワーツ生でいる間はこの名前で過ごすことにしたのだ。アシュレイ家は純血の一族だというので、後ろ盾として申し分ない。何寮になるかはわからないが、立場や家柄はしっかりしていた方が何かと都合が良い。何せトムがいるのだから。そしてトムもアシュレイ家の者として扱われるらしい。ホグワーツの学費や備品の購入もパパとママが行ったと言う。トムの入学案内書もこの家に届けられていた。
次々と判明するトムの原作との相違点に安心感を覚えた。心のどこかで、小さい頃のトムは優しくても、成長したトムは優しさを忘れて非道になっているのではないかと思っていたからだ。
「クリスマス休暇やイースター休暇は自由にしてもいいけれど、今年は帰ってきてほしいわ。とっておきの料理を作ってあげるから」
「うん。わかったわ」
「今日はいつ帰るの? パパは夕方には帰ってくるけれど、顔見せてから帰る?」
「そうねえ……パパに会ってから帰ろうかしら。夕食も食べていくわ」
「まあ、本当! じゃあ、ベガの好きなものを用意してもらうね」
時間があるし、昔使っていた部屋を見に行ってくると言うと、部屋は掃除してあるから部屋で待っていてもいいと言われた。ついでにホグワーツに持って行く物があれば纏めとこう。たいしたものはないけれど、トムと撮った写真一枚でもあればいいな。