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「北野、少し時間をくれないか?」
夕飯を食べたあと、自室で勉強をしている僕の元に立花先輩が訪れた。関わりの少ない立花先輩の訪問に首を傾げながら先輩に着いて部屋を出た。
長屋を出て、倉庫の並ぶ滅多に人のいない物陰に連れて行かれた。途中、先輩は警戒するように周囲の気配を気にしていた。
「ここまで来てもらって悪いな」
「いえ、大丈夫ですよ。それで何の用ですか?」
「喜八郎の機嫌が悪くてな、どうにかならないか」
どうして喜八郎のことを俺に言うのだ。同じ組の滝に言うならともかく。
「どうにかって言われましても」
「喜八郎は天女様が近づくと蛸壺を掘ることができないんだ。この前、文次郎と留三郎に厳重に注意されたのが堪えたらしい」
喜八郎に叱責したのは、その二方だったのか。いくら我が道を行く喜八郎でも、武闘派の先輩には逆らえまい。
俺に頼まれても困るが、友人がつまらなさそうにしているのはどうにかしてやりたい。それに俺の楽しみも奪っているわけだし。
うーん、と顎に手をやり考える。
「では、喜八郎に天女さまが近づかないようにすればいいんですね? 牽制するなり罠を仕掛けるなりして」
「そこまでしなくてもよい」
「え?」
「なぜか天女様はお前を嫌っていてな。お前が喜八郎と一緒にいたら直に天女様は喜八郎に近づかなくなるだろう」
本人に嫌われていると言える立花先輩の図太さに感服した。とは言え天女に嫌われていても全く傷つかない。へぇ、あっそう、くらいなものだけれど。
だが、今まで引っ付いて来ていただけに急な態度の変化には少し疑問を抱く。ついこの間まで「市蔵くーん」と俺の姿を探していたというのに。
「俺、何かやったんですかね? つい数日前まで優子さんから友好的に扱われてたんですけど……」
「さあな、天女様の考えなんてわからないから何も言えないが、二、三日前に北野の性別を聞き回っていたことだけ知っている」
そう言えば一昨日、六年の先輩方に絡まれたときも性別が云々と言っていたな。どういうことなのだろうか。
「そのことは追々考えるとして。そういうわけで喜八郎のそばにいてやってくれ」
満足そうに言っているが、とても俺に対して失礼だ。それでこそ立花先輩というべきか喜八郎の先輩というべきか……。作法委員会は皆こんな図太い性格になってしまうのだろうか。喜八郎は図太くてもわがままでも可愛いから嫌ではないし、他の後輩も然りだ。立花先輩も、……美しいお顔に免じて多少の性格の悪さは我慢しよう。
それに可愛い喜八郎のためだ。喜八郎の機嫌が悪くならないならそれでもいいか。