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 尊敬する鉢屋先輩の斜め後ろを俯いて歩く。今日は鉢屋先輩と変装をして町までお出掛けだ。変装の練習の約束と、学級委員長委員会のお使いが被ったので一緒に行うことになった。
 鉢屋先輩は金持ち風の若い男で、俺は気の弱そうな可愛らしい女の姿。自分で言うのもなんだが、本当に可愛く化けた。設定は、町娘に惚れた良いとこの男が娘を逢い引きに誘っているというものだ。娘の気持ちまでは決めていないので、町へ向かいながら、設定の娘はこの状況を喜ぶか嫌がるか考えている。

「こっちの方までは久しぶりに来たな……」
「そうなのですか? 私はこの間、兄と一緒に参りましたわ」
「章子の兄君か……。さぞ、しっかりとした方なんだろうな。きっと私が章子のことを譲り受けたいと言っても快く了承はしないだろう」
「いえいえ、そんな滅相もありませんわ。染之介様には到底敵いません」

 章子、染之介とお互いに偽名を使いながら誰も見ていることがないとわかっていながら演技を続ける。そのまま会話を続け、町を探索する。学園長先生からのお使いを遂行すると、二人で適当な店を覗きながら時間を潰した。

「おい、お市」

 矢羽音で鉢屋先輩から話しかけられた。それもわざわざ俺が女装するときによく使用する名前だったので、少し体が強張った。

「どうかしましたか?」

 急いでこちらも矢羽音で返すと「ネ・ミ・ヨ」という単音が聴こえた。これは簡単な暗号で、方向・距離・人数を示している。なので、鉢屋先輩は「子の方角に三間行ったところにいる四人」と言ったことになる。瞬時に理解し不自然でないように視線を移すと、子の方角で三間先にある茶屋に六年生が三人いた。その隣には天女の姿もある。
 鉢屋先輩に目配せすると優しく微笑み「なんだ章子、疲れたか?」と訊いてきた。なるほど茶屋に突撃するのかと内心ニヤリと笑い、それを隠すように表情を作った。

「ええ。このあたりでお茶にしませんか?」
「そうだな。丁度あそこに茶屋がある。一度休憩とするか」

 茶屋の暖簾を潜り四人組と近すぎず遠すぎない距離の席に座ると、愛想のいいおばちゃんが冷たいお茶を渡してくれた。

「いらっしゃい。えらい別嬪さんだねぇ。あら、お兄さんも色男ね!」
「ふふ、ありがとうございます。お母さんも元気があってお美しいですね」
「あんた、そんなこと言ったら調子に乗っちゃうよ。まったく!」

 楽しそうに笑う女性は気をよくしたようで、「おすすめはみたらし団子さ。安くしとくよ」とお品書きを俺に渡した。
 そうだなあ、それならみたらし団子にしようかと鉢屋先輩と二人でみたらし団子を六本頼んだ。おばあちゃんが奥へ戻っている間に鉢屋先輩と、こっそり天女を盗み見た。

「それにしても、ようやく一緒に町に来られてよかったです」
「私も嬉しいよ! 留三郎くんと小平太くんと伊作くんと一緒にいられて」
「優子さんにそう言ってもらえると、う、嬉しいです」
「伊作くんかわいーい!」

 でれでれいちゃいちゃしている四人に鉢屋先輩の顔が歪む。面白すぎて。知り合いが恋に舞い上がっている姿は、どうしてこうも愉快なんだろう。

「わー、お団子美味しい!」
「ゆゆ優子さんの方が美味しいですよ」
「もう! 留三郎くんったら」

 食満先輩、間違ってます。それは「わぁきれい」「お前の方がきれいさ」「きゃー」っていうのが正しいだろう。美味しいってなんですか。天女を食べたんですか。天女も喜ぶのですか。
 心の中のツッコミを鉢屋先輩と共有したいが、さすがに至近距離でも矢羽根は危険を伴う。それに鉢屋先輩は笑いを堪えて酸欠になって、机に伏している。
 おばちゃんが奥から出てくるのが見えると鉢屋先輩はシュッと起き上がり、人のいい笑みを浮かべあたかも今までの仲睦まじく会話していたかのような態度に戻った。

ヒトリヨガリ