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「なあ、優子さん……俺はこんなにも優子さんのことが好きなのに……どうして俺だけを見てくれないんですか! 優子さんに八左ヱ門くんって呼ばれたとき、今までにないほど幸せを感じたんですよ。……なんとか言ってくださいよ!」
「……わん!」
「くっ、っははははは!」
「面白いですよね! この場面を実際に見た俺たちなんて呼吸困難になるかと思いましたからね!」
いまだに腹を抱えて踞る立花先輩のお猪口に酒を注いだ。そして竹谷先輩に扮した鉢屋先輩とハイタッチを交わした。今まで遭遇した先輩方の面白い話語りは白熱していき、各自変装して再現するまでに至ったのだ。
「それにしても、酔っているからといって……くっ、犬に、こ、告白をするのか……」
「あいつ、普段から犬に優子さんのこと話してますからね。きっとそのうち相談している内に好きになるパターンに入りますよ」
鉢屋先輩の言葉に、真っ白い犬と家庭を築く絵が頭に浮かんだ。
「さ、さすが竹谷先輩ですね。あっははは、い、いぬと結婚とかしそう!」
「優子さんに『私と有希子どっちが大事なの!』って言われて『お、俺には一番なんて決められねえ』『っ、浮気者!』『わん!』ってなってほしい。ちなみにその犬、有希子って言うんですよ」
「無駄に声真似しないでくださいよ、鉢屋先輩! わ、笑いすぎて腹筋が!」
鉢屋先輩は竹谷先輩のまま決め顔を作った。
そうだ、今の話を聞いて思い出した竹谷先輩の面白い話があった。酒をぐいっと飲みきると、静かに笑い続ける立花先輩の肩を叩いた。
「この前、女装して竹谷先輩を誘惑したんですよ。そしたら竹谷先輩、天女さまのことが好きなのにふらふら着いてくるから『先程の女性はよろしいの?』って訊いたら『目の前に美しい女性がいるのに我慢できませんよ』って言ってきたんですよ! 笑うの我慢できなかったんで寝かせてそのまま帰っちゃいました」
「ふっ、鉢屋の言ったことが現実になりそうだな」
「子供いっぱい連れて来そうですね」
竹谷先輩の話題でわいわい盛り上がると、立花先輩が顎に手をあて何やら考え出した。俺と鉢屋先輩は静かに立花先輩を見つめ、二人で目を合わせると無言で合図を送り、俺たちは立花先輩が何か話し出すまで先輩方が用意した酒を飲むことにした。
飲み始めてもう半刻はとっくに越えている時間で、俺たちはだいぶふらついてきた。鉢屋先輩も立花先輩も一見すると酔っているようには見えないが、顔の赤らみ具合や指先の動きを見ると、どうやら相当酔っているみたいだ。
「この間、留三郎が天女様の前で粗相を行ったと嘆いていたよ。何をしたかまでは聴けなかったが、伊作が言うには天女様は怒っていはないが、留三郎を好きになることはないだろうと。それを聴いて二日三日塞ぎこんだあやつは見物だった」
「何をやらかしたんですかね。……あれじゃないですか? 天女様の前で他の女の尻でも目で追っていた、とか」
「そんな八左ヱ門みたいなこと、さすがに食満先輩はしないだろう。……で、ですよね?」
「いや、否定はできないな」
「やっぱり女の影をちらつかせてしまったんですよ! 先輩方って四日前も遊廓に行ってたんですよね」
「ほう、詳しいな」
「あのあたりは俺も好きなんで女装して遊びに行くんですよ」
遊廓での目撃談はくのたまへの、いい交渉材料になるのでよく観察している。六年の先輩方はともかく五年の先輩方は遊廓へも固まって行くから目につきやすい。
「まったく天女様のことが好きならば少しは我慢するかバレないように気をつければよいものを」
「そこが食満先輩らしさですよ。七松先輩なんて天女さまの話に厭きて途中でどこか行ってしまいますからね。さすがに驚きました」
顔に出やすい七松先輩が厭きていることに気づかない天女にも驚くが。
「いけいけどんどんで全てを片付ける七松先輩、尊敬します」
「忍者たるもの話術を磨かねばならぬぞ」
最後の酒を飲みきって立花先輩がそう締め括った。先輩はお開きムードなので、鉢屋先輩の「……いけいけどんどんは話術に入るのですか」という小声のツッコミは無視された。