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「あ、喜八郎! 立花先輩が次の会は参加しろって言ってたぞ」

 廊下を歩きながら一緒に食堂に向かっている途中、俺がそう言うと喜八郎は顔をしかめた。

「えー。僕お酒好きじゃないんだけど」
「酒飲まなくても楽しいって。酔った滝と三木見てるの楽しいぞー。肩組み合ったりするからな」
「酔っ払いの中に素面がいていいものじゃないよ。僕は参加しないから。だいたい最近毎日作法室で飲んでるでしょ」
「だって楽しいし。昨日は先輩らばっかだったけど、二日前は滝と三木とタカ丸がいたから新鮮だったなあ。一昨日の善法寺先輩が話していた食満先輩の話がツボでいまだに笑えるんだよ」

 指を数えながら最近のメンバーの話をしていると、「市蔵が楽しいならいいけど、飲みすぎないようにね」と優しい言葉をかけられた。飄々としていてマイペースな喜八郎だが、人のことをしっかりと考えられるやつなので、こういうところが俺たちは好きなんだ。

「おや、善法寺先輩もいらっしゃってたのかい?」

 ふと喜八郎が思い出したように言った。

「そうだよ」
「でも、善法寺先輩も天女さまのこと好きだったんじゃないの?」
「俺もそう思ってたんだけど、食満先輩のことが心配で食満先輩と一緒に天女さまといたらしいんだ。ほら、恋患いって言うだろう? 保健委員としても同室としても見過ごせなかったようだ」
「それなのに、食満先輩の笑い話を?」
「立花先輩の話術で引き出されてしまったんだよ。『伊作、最近の留三郎の病はどうだ?』『まだ優子さんしか見えていないみたい』『そうか、心配だな。どのくらいの頻度で会いに行っているんだ?』『毎日、暇さえあれば走って行ってるよ』ってな具合にね」

 わざわざ声真似までしてやったのに、喜八郎は興味無さそうに「ふーん」と生返事をするだけ。本当に喜八郎は落とし穴にしか関心がない。
 天女の話も迷惑か、と別の話をしようとすると、喜八郎が「この間、久々知先輩が……」と呟いた。その先を促すと「久々知先輩が天女さまに豆腐を差し上げていたのだけれど、貰った天女さまの方はものすごく困っていたのを見たよ。そのあと豆腐を語りだして天女さまがどうしていいのかわからず呆然と豆腐を持って固まってた」と、素敵な情報をくれた。
 なんだ、嫌なわけではなかったのか。よかった。
 それにしても――。

「女性にあげる贈り物が豆腐って、久々知先輩歪みないな。喜八郎、お前は間違っても好きな女にサプライズだって言って掘った落とし穴に落とすなよ?」
「そんなことしないよ」
「それじゃあいいけど……」

 他の知り合いを思い浮かべてみるが、まともな贈り物をしそうな人が少ない。贈り物も忍者として必要なスキルだろうに、みんな大丈夫だろうか。
 食堂にいるであろうタカ丸に、タカ丸ならどんな贈り物をするか聞こうかと思いながら食堂に入ろうとすると、丁度久々知先輩と尾浜先輩が食堂から出てきた。

「こ、こんにちは」

 天女さまに豆腐を語る久々知先輩が頭を過り、声が震えてしまった。一方、俺の横の喜八郎はいつも通りの調子で挨拶した。

「市蔵、少し訊きたいことがあるんだがいいか?」
「何ですか久々知先輩」
「昨日、夕飯を食べてから何をしていた?」
「タカ丸と風呂に入ってから、立花先輩や伊作先輩とかと作法室で飲んでましたよ」
「そうか……。優子さんとは会ってないのか?」
「優子さん? 優子さんとはここしばらく会ってないですよ」
「だから言ったでしょ、兵助。市蔵がそんなこと言わないって」
「俺もそうは思ったけど、優子さんが言うんだから一応確認を取った方がいいと思ったんだ」

 喜八郎ときょとんと先輩方を見ていると、尾浜先輩が「優子さんが、女の子に忍術学園から出ていけって言われたらしくて、それが市蔵だって言って譲らなくて……」と教えてくれた。どうやら先輩方は天女の勘違いで、俺が女装して言ったとは思っていないらしい。だけど、万が一を考えて会った機会だから訊いたようだ。
 喜八郎と顔を見合わせ、別に天女のことが嫌いなわけでもない俺がそんなことしないよなと笑った。

「悪かったな変なこと聞いて。でも確認できてよかったよ、ありがとう」
「いえいえ、気にしてませんよ。あ、尾浜先輩、明日の委員会ですけど黒糖饅頭用意してますよ。しんべヱのお父上からいただいたんですよ」
「わあ、本当? 楽しみにしているよ」

 深く考えずに誘ってみたが、何日も委員会を休んでいたとは思えない軽さだ。
 顔を輝かせる先輩に久々知先輩が苦笑いを浮かべた。しかしそんな久々知先輩も豆腐ひとつで目を煌めかせるんだから似た者同士だ。

ヒトリヨガリ