09
「で、小田真希さんと尾浜先輩が談笑している傍を尾浜先輩好みの女に変装して通ったんですよ。そしたら尾浜先輩が俺のこと目で追うんで小田真希さんが怒って先輩置いて食堂へ行っちゃったんですよ」
一通り話終わると、立花先輩は愉快そうに笑った。しかしその姿も優雅だ。お酒をくいっと飲み込むと、側にいる喜八郎の頭を撫でて俺の湯飲みにもお酒を注ごうとする立花先輩を止め、俺は自分と喜八郎の湯飲みにお茶を煎れた。
最初のうちは付き合いで酒を飲んだが、あまり飲みすぎると明日に響く。
優子さんのとき以来、こうしてたまに立花先輩に誘われてお酒を飲んでいる。酒のつまみも、あのころと同じで天女とその周囲の忍たまの話。
夜も更け、普通の忍たまなら寝ている時間。たまに六年の先輩方の「ギンギーン」やら「いけいけどんどん!」、「留三郎〜」「伊作〜!」なんて鳴き声が聞こえる以外は静かなもんだ。
そろそろお開きか、と思いながらもまだまだ話したいことはたくさんある。
六年生の鳴き声で思い出した、食満先輩と小田さんの話。小田さんが頑張って食満先輩をデートに誘おうとしていたが、どこからか善法寺先輩の叫び声が微かに聞こえた瞬間に、食満先輩は地面を蹴って善法寺先輩を助けに行ってしまった。残された小田さんは一人唇を噛み締めていた。あれはさすがに小田さんが不憫だった。同室だから仕方ないとはいえ、善法寺先輩にかまいすぎるからいつも振られてしまうんだ。それは善法寺先輩にも言えることだが。
だけど、うまいこと女性とやっていけてる忍たまの方が少ない気もする。頭の中で数えてみるが、人間以外を愛する忍たまが多い。多すぎる。これでいいのか。
ああ、そうだ。デートと言えば……。
「たぶん竹谷先輩は小田さんを町に誘おうとしてるんですけど、そのたびに俺や他の人が邪魔をして誘えてないんですよ。この間佐々木先輩が小田さんと町へ出かけたらしいんで焦ってるみたいですけど、なかなかうまくいかないのが見てておもしろいですよ」
「最近、騒がしいのはそれでか」
「ええ最近になって小田さんが天界の話をするようになったそうで、その話を聞きたい生徒が小田さんのところに集まっているんですよ」
俺がちょこちょこ聞いていたようなものではなく、天界で流行っているものや学問などを話しているらしい。最近俺には素っ気ないから何も教えてもらっていない。
別にそこまで興味はないが、俺だって聞きたい。それに小田さんから聞いた話を先輩方に自慢して回りたい。
俺が邪な考えをしている前で、立花先輩はなにやら思案している。
「ふむ、天女が天界の話を餌に忍たまを釣っているのか」
言い方は悪いがたしかにそうだ。そう言われると、なんだか小田さんが悪いことをしているように感じてしまう。
「喜八郎、お前は何か知っているか?」
「天女さまが立花先輩や鉢屋先輩と会いたがっているらしいでーす。なんでも何人かの先輩方が立花先輩や鉢屋先輩と仲がいいか訊かれたそうですが、仲がいい人がいなかったみたいで、小田さんはまだ先輩方にたどり着けてないみたいです」
「へえ、やたらとタカ丸に髪を結ってもらいたがっていたのは、着飾って先輩方に会いたかったからなのかな」
「結ってもらうことになったの?」
「いや。俺からタカ丸に頼むように言われたから断った。直接タカ丸に依頼してくれって」
「ふーん」
元々小田さんに興味の薄い喜八郎は、話を続けることなく終えた。そこから話題が変わりのんびりとタカ丸のことを話していると、立花先輩はおもむろに「それでか」と呟いた。
「何がそれでなんですか?」
「ですかー?」
「今日、天女が北野のことを悪く言うようになったと聞いたので理由を考えていたんだ。それがようやくわかった」
晴れやかな顔をする立花先輩を見て、喜八郎と顔を見合わせた。それで夜になって急に立花先輩の部屋に呼ばれたのか。いつもは、もう少し事前に予告されているから不思議だったのだ。俺たちも疑問がなくなりすっきりした。
立花先輩曰く、二、三日前に小田さんが俺の悪口を言っていた報告があったらしい。その悪口はたいしたことはない内容だが、急にそういうことを言うようになった原因が知りたかったので直接俺から調べることにしたようだ。
「天女に不穏な動きがあるらしいから、あまり度の過ぎた悪戯はしないように」
「はーい」
「喜八郎、お前も北野が変なことに巻き込まれないように見ておけ」
「はーい」
「私は一度、天女に接触してみる」
俺と喜八郎が声を合わせて「はーい」と言うと、立花先輩は呆れたようにため息を吐いた。キリリとする立花先輩に対して、俺たちはあまりにも気が抜けている。だって小田さんってそんなに怖そうじゃないし。優子さんのときは得たいの知れない恐怖があったが、ある程度「天女」の生態を知った今、天女は脅威に思えない。
先輩方に心配をかけるわけにはいかないから大人しくするつもりだけど。