12

 朝、目を覚ますと枕元に一通の文が置いてあった。いったいなんだと中を開けると「すべての準備は整った。放課後、六年長屋の空き部屋にて隠れて待たれよ」と書いてあった。
 なるほど立花先輩がお膳立てしてくださったのだと瞬時に気付き、文を押し入れに隠すと学友にも気づかれないように、いつも通りの日常を過ごした。――いや、いつもよりも静かに過ごした。女装もせず過ごしたために先生方から体調を気遣われたが、俺だって本当は女装をしたい。空気なんて読みたくない。だが昨夜、立花先輩に女装道具一式を渡せと言われ渡したために女装ができなかっただけだ。
 文に書かれていた通り、放課後になり六年長屋に忍び込んだのはいいが、肝心の空き部屋というのがどこのことだかわからず、ひとまずばれるわけにはいかないからと、手ごろな部屋の屋根裏に潜んだ。薬草の臭いがすることから善法寺先輩のお部屋であると思うが今は下手に動かず様子を見ようとじっとしていると聞き覚えのある女の声が聞こえた。小田真希さんだ。声を頼りに部屋を割りだし天井板を少しずらすと、そこにはしっかりと小田さんと立花先輩がいた。
 二人は向き合って座っていて、そばには湯呑みもある。立花先輩が今から何かしようなんて、まるで感じない雰囲気だった。

「私が住んでいたところとここの違うところなんてたくさんあって、何が違うか話そうとしても難しいわ」
「そんなにあるのですか?」
「うん。そうねえ……」

 小田さんは少し視線を泳がした。一瞬、目が合ったかとヒヤリとしたが、小田さんはただ思い出すように宙を見ていただけで、俺の方を見ることなく「たとえば……」とゆっくりと話し出した。

「筆も墨も使わないわ。私、最後に筆と墨を使ったのなんて四年前……くらいだわ。もしかしたら、もっと前かも」
「それは文字を書かないということですか?」
「ううん、筆とか墨とかじゃないもので書くの。シャーペンとかボールペンっていうんだけど……。墨の役割をするのが芯として中にあってね」

 身ぶり手振りで伝えようとするが、俺も立花先輩もさっぱりわからず、結局立花先輩が渡した紙にそのシャーペンとボールペンとやらを描いてもらい説明をしてもらった。さすがにそれは天井からは見えない。
 立花先輩はシャーペンとボールペンの原理を納得したようなのであとで聞けばいい。
 そのあとも立花先輩はこの世界と小田さんの世界の相違点を聞き出す。忍者はいないとか、もっと動きやすい服を着ているとか、そんなことを知ってどうするんだということばかり。天女について訊ねる立花先輩の意図がわからず、天女の住むところの話に飽きてきて、最初ほどの緊張感もなく話を聞き流していたが、立花先輩の「遠くと会話できるなんて夢のようですね。……そんなこともできるなら文を遠くに一瞬で届けるなんてこともできそうですね」という言葉にびくりと肩が跳ねてしまった。ずらした天板が僅かにカタリと音を立てたが小田さんは気づいていない。
 遠く離れた人と文のやり取りができるカラクリ、それはとても聞き覚えのあるものだった。なんといっただろうか。たしか――。

「メールね」

 小田さんは躊躇いもなく言った。

「携帯電話っていう機械を使ってだったらできるわよ。……ああ、手書きの文章だったらファックスっていうのもあるけどね」

 そしてメールや携帯電話、ファックスの説明を始める。
 ファックスというものは初めて聞いたが、他の二つ、メールも携帯電話も聞いたことがあった。何度も何度も、優子さんが使いたいと言っていた。
 文と違って、誰が書いても同じ文字の形になるらしく、今より女のふりして騙せそうだなんて思いながら聞いたものだ。
 そして、その夢のような機械を小田さんも知っているということは、やはり小田さんと同じところからやってきたのだろう。似たものがあっても、名称まで同じにはならないだろう。それに俺は優子さんから使い方だって事細かに説明された。今、俺の下でそれらのカラクリを説明するのを聞く限り、まったく一緒だ。
 下にいる立花先輩の顔を見ると、なにやら満足そうな顔をしていた。これを聞きたかったのか。だけど、一瞬で相手に届ける文のことを知ったところでなんだというのだ。
 そもそもメールや携帯電話は酒の肴に立花先輩にも話したはずだ。
 そこまで考えて、ようやく立花先輩は優子さんと小田さんが同じ世界から来たということを確かめたかったのだと気づいた。

ヒトリヨガリ