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「そういえば、真希さんは北野市蔵のことがお嫌いと聞いたのですが、彼に何かされましたか? 私がお力になれることがあるかもしれませんから、ぜひお聞かせください」

 立花先輩の雰囲気が変わった。企みをはらんだ声音に、手に力がこもる。

「……でも、仙蔵くんは北野くんと仲がいいって聞いたし、こんなこと話したら嫌な気分になっちゃうかもしれないわ」

 小田さんは戸惑った様子だが、僅かに嬉しそうだ。
 立花先輩が聞いて嫌な気分になるようなことをした覚えはない。そりゃあ俺だって「天女」に対してだったら失礼極まりない言動をしていたと思うが、別に小田さんは嫌そうにしていなかった。いつも笑って俺に話を促していた。
 いったい小田さんがどんなことを告発するのか、固唾を飲んで見守る。

「悪いことをした後輩を叱るのも先輩の務めですよ」
「……本当に何もないの」

 気丈に振る舞っているが、小田さんの言葉を待っている俺からすると焦らさず早く言ってほしい。
 場違いなほどわくわくしているのに、小田さんは「でも」とか「あのね、……ううん。なんでもない」とか意味深な言いかけの言葉しか吐かない。聞いてほしそうなのに。
 我慢強い立花先輩が根気よく小田さんに付き合い、やっと小田さんは「私が」と震える声で告白した。

「私がきっと北野くんを怒らすようなことを言ったのが悪かったのよ。だから北野くんは私に意地悪するの。……さっき仙蔵くんは私が北野くんのことを嫌いって言ったけど、そんなことないの。嫌いじゃないわ。でも、……あんなことされたら前みたいに仲良くできない!」

 小田さんはうずくまってしまった。その肩に立花先輩がそっと手を添える。
 思ったより小田さんが演技派で驚いた。俺のことを知らない人が聞いたら本当に俺が小田さんに失礼を働いたように思いそうだ。ただでさえ俺は普段から悪戯をしている。
 「あんなこと」と曖昧に言うところも上手い。いくら立花先輩が優しく「どんなことをされたのですか?」と問いかけても、小田さんは明確にはしない。
 数日前、変装した鉢屋先輩を含めた五年生の先輩方を連れてきたときとは大違いだ。あのときは考えの浅い人だと思ったけれど、今回は素晴らしい。

「でもね、これは私と北野くんの問題だから。仙蔵くんは変わらず北野くんと仲良くしてあげて」
「そうですか。……それなら余計な口出しはしませんが、何かありましたらすぐに言ってくださいね」
「ありがとう、仙蔵くん」

 可愛らしく微笑んで礼を言う小田さん。だけど立花先輩は俺と小田さんの間で何があったかすべてご存知なんだぞと、一人相撲している彼女が少し憐れに思えた。
 ――だが、これで小田さんが俺を嫌う理由はわからずじまいか。
 もう話は終わりだろうと気を緩めた。下の二人もさっきよりも穏やかな雰囲気だ。
 そんな中、小田さんが少し恥ずかしそうに顔を背けた。そして、そおっと上目遣いで立花先輩を見て「……ねえ、仙蔵くん。一つだけ言いたいことがあるの」と消え入りそうな声で言った。
 終わりじゃなかった。何か仕掛けてくると俺と先輩は察知し、すぐに動けるようにゆっくり体勢を整え小田さんが話し出すのを待つ。

「私、仙蔵くんのことが好きなの」

 小田さんは顔を真っ赤にして下を向いた。その隙にさっと一瞬、立花先輩が俺の方を見た。その目線で俺に何か伝えたいことがあるのだと読み取り目を凝らして先輩を見た。

「とても嬉しいです。ですが私は忍たまですし、卒業すれば一人前の忍者になります」
「それがどうしたの?」
「忍者は欲に溺れてはいけないんです」
「それは知っているわ。でも、それなら仙蔵くんはこの先ずっと結婚しないの?」
「そういうわけではありませんが……」
「でしょう? 仙蔵くんの隣に立つ人に私を選んで。そんなもののせいで好きな人を遠ざけるのはもったいないわ。愛の前には些細なことよ」

 立花先輩は小田さんから視線を反らし俺のいる天井を見ながら「あなたに、私の帰りを部屋で待つ女性にはなってほしくないのです」と切なそうに言ったのを聞き届け、俺はその場をあとにした。
 そして向かう先は一つしかない。立花先輩の部屋だ。
 最速で立花先輩の部屋に降りた俺は、昨日の内に立花先輩に渡してあった女装道具を手に取った。女装道具はすべて渡していたのに、机の上に置かれていたのは一式だけ。これを使えという先輩の声が聞こえた気がした。
 まったく先輩はどこまで先を読んでいたのだ。
 先輩がどういう設定を想定しているのかはわからないが、女装道具から推測してまだ小田さんに見せたことのない勝ち気な女性に顔を作り替えた。そして仕上げにくのたまの制服に袖を通した。

ヒトリヨガリ