02
「それにしても、お前はどれだけ私の胃を痛めつけるんだ」
鉢屋先輩は大きく息を吐いた。胃を痛めつけるというより、ひどく疲れた様子。さすがに申し訳ないとは思うが俺のせいじゃない。
「でも鉢屋先輩、今回は偶々ですよ。それに恵子ちゃんは私のこと女だと思ってるんですから、何も巻き込まれませんよ。今までの天女さまだってくのたまとは関わらなかったじゃないですか」
「でも安池はお市とはよく話すんだろう?」
「どうしてでしょうねえ」
しれっと答えると鉢屋先輩は頭を抱えた。そして「お前は最近、綾部に似てきたな」と皮肉を言ってきた。何を今さら。
俺が学園まで連れてきた天女は安池恵子と名乗り、今までと同じく居候兼お手伝いとして学園に滞在している。しっかりと先輩方が安池恵子に危険性がないのを調べ、安全だとみなされたので彼女は自由に学園内を闊歩している。今のところ誰も天女に惚れたものはいない。
そう思うと優子さんのときはどうしてあんなことになったのだろうか……。謎は深まるばかりだ。
今まで、二人の天女が最終的に俺のことを敵対視したことから、今後は天女に関わるなと言われていた。だが、女装した姿で天女を拾ってしまい、天女が俺に多大な恩を感じているということで接触を余儀なくされた。いくら小田さんが「天女も人間だ」なんて言ったとはいえ、まだどういう力を持っているか判明していない。天女が俺と会うことを望むのなら会わねばならない。
とはいえ、俺の女装姿を見てから様子がおかしくなった優子さんの前例があるため、俺が男であることを隠し続けている。安池恵子にとって俺はお市というくのたまだ。
「大体、お前も授業が終わってから女装なんて大変だろうに」
鉢屋先輩が、俺の長い髪を触りながら言った。女装用のウィッグなので、触られるとズレそうで不安になる。変装の名人の鉢屋先輩がまさかそんなことをするはずないが。
「してない日もありますけどね。恵子ちゃんだって毎日くのたま長屋に来るわけじゃありませんし。とりあえずお市がくのたまに在籍していると思わせておけば何事もないでしょう」
「はあ、お前は……。私だけじゃなく、勘右衛門もあの立花先輩でさえお前のことを心配しているんだからな」
「そんなこと言われたって、気づけば巻き込まれているんだからしかたないじゃないですか。私だって委員会に参加したいんですよ」
「絶対に安池がいる間は来るんじゃないぞ。今日、私の部屋に来ていることさえ立花先輩や善法寺先輩は懸念しているのだぞ」
ただでさえ委員会に参加できなくて暇なのに、こうして鉢屋先輩と話す時間さえ奪われてしまったら何を楽しみに過ごせばいいのかわからなくなってしまう。
優子さんも小田さんも、結果として俺は被害を受けなかったんだから心配しすぎだ。それが先輩心というものかもしれないけれど。先輩心、後輩知らずと同じように先輩方だって後輩の気持ちはわからないのだ。
「過保護ですねえ。私は今すぐにでも彦四郎や庄左ヱ門とお昼寝したいのに……」
「……彦四郎や庄左ヱ門となら考えてやらんこともないが」
「鉢屋先輩と尾浜先輩も一緒がいいです」
「そんなくのたまがどこにいるんだ」
「ここにおりますよ」
顔をしかめる鉢屋先輩を笑うと頭を叩かれた。そして暗くなる前に帰れと早々に部屋から追い出されてしまった。遅い時間に忍たま長屋にいるところを偶然安池恵子に見られるなんて確率の低いことを心配するなんて面倒くさいなあ。
わざわざ、くのたま長屋まで行って俺がそこにいたという証拠を残してから、また忍たま長屋に隠れて戻らないといけないのも非常に手間だ。
天女の話はいつ聞いても面白いから好きだが、こんなに拘束されるようでは考えものだな。
鉢屋先輩ほどではないが、俺もため息をひとつこぼして人に見つからないようにくのたま長屋を目指した。