04
珍しく怪我をした。
女装に支障が出るといけないから、あまり怪我をしないように気をつけていたが、四年生にもなると実技の授業で怪我は避けられないか。それでも顔に傷がつかないように服で隠れる腕で庇えたから上出来だ。大した怪我ではないが服に血が染みている。怪我をしたのに手当てに行かなかったことがバレたら幼馴染みがやいのやいのとうるさくなる。
――こんな怪我、部屋で包帯でも巻いてたら治るのに。
切り傷を見つめてしばらく思案したが、やっぱり保健室に行くことにした。
「善法寺伊作せんぱーい」
きっといるだろうと思って、保健室の戸を開く前から声をかけた。
ガラリと開けると、やっぱり先輩は薬研で薬を刻んでいた。部屋には先輩一人で他には誰もいない。
先輩は手を止めて大きな目をぱちぱちとさせた。
「あれ、市蔵じゃないか。珍しいね」
「考え事してたら怪我しました。手当てしてください!」
止血するために押さえていた腕を見せた。
「こら市蔵、実習中は集中しないといけないだろう? 最近は怪我も少なくなったけど、市蔵は昔からおっちょこちょいなんだから」
「はいはい、わかってますよ」
「わかってないでしょ。もう四年生なんだから落ち着かないと」
「伊作先輩だっていつも怪我してるじゃないですか。俺よりひどいですよー」
「僕のこれは市蔵のとは違うでしょ」
先輩は胸を張ってそう言うが、不運で包帯でぐるぐる巻きになる先輩の方が大変だろう。集中したら怪我をしない俺と、集中してても怪我をする先輩。誰だって先輩の方が心配になる。
何も言えずにいると、俺が反省したと思ったらしい先輩は満足そうに立ち上がって棚に近寄った。その後ろ姿を見ながら、俺は座って治療しやすいように制服を脱ぐ。
棚から塗り薬と包帯を取り出した先輩は俺のそばに寄り、出血の止まった患部に丁寧に軟膏を湿布した。そして優しく包帯を巻く。窮屈感はないのに動いてもほどけそうにない、ちょうどいい力加減。さすがは保健委員長。
包帯の上から俺の腕に手を当てた先輩は、しかめ面で俺を見た。
「また天女様と仲良くしてるらしいじゃないか。あれだけ仙蔵が近寄るなと言っていたのに」
「不可抗力ですって。それにお市は長期任務ってことにしたから、しばらく天女と会うこともないですし」
「……それでも、優子さんのときから僕がどれほど心配しているか知っているかい?」
「って言っても伊作先輩、優子さんに惚れてたじゃないですか」
ぷくっと頬を膨らませて拗ねているように見せれば、先輩は慌てて訂正した。
「確かに惚れていたけれども、市蔵のことだって気にかけていたよ!」
「ほんとかなー」
「本当だとも!」
勿論、先輩が俺のことを気にかけていたことは知っている。優子さんと俺との間で揺れ動いていたことも。しかし、俺のことを心配してはいても結局先輩は優子さんの下へ行った。それが悪いことなんかじゃない。伊作先輩が好きで行ったんだしそれでいいと思う。
でも、だからこそ、その後先輩が過保護になるのがわからない。たぶん先輩としてのプライドというやつだろうけど、俺が気にしていないのだから先輩も気にしなければいいのに。
「今回の天女は今までよりも、いい子ですよ。俺のことを女だと信じきってますし問題ありません」
「……はあ。鉢屋も市蔵のことを心配してたよ」
「それは鉢屋先輩から直接聞きました。……あと、立花先輩と尾浜先輩も心配してるんですよね。いやー、先輩方に愛されていて後輩冥利に尽きます」
茶化すように言えば、さすがに伊作先輩はムッと怒った。
でも、本当に今回は偶然なんだからしかたないじゃん。心配してくれるのは勿論ありがたいけど、心配しても事件は起きるんだよ。
早口にそう言い立て、処置の終わった腕を制服の袖に通し、素早く保健室から退出した。
「あ、こら市蔵!」
後ろから聞こえる先輩の声に「何かあったらちゃんと頼るから!」と返事をして、逃げるように四年長屋に走った。
やっぱり怪我したのは隠しておけばよかったなと後悔したけれど、伊作先輩と二人で話すのは久々だったから面倒な気持ちもあったけれど楽しかった。