07
障子が真っ赤に染まる黄昏時。授業の終わったとある教室。わずかに開いた窓から吹き込んだ風が俺のカツラの長い髪が揺れる。
俺の目の前には六年生の先輩方と、先輩方に連れられてやって来た恵子ちゃんが立っていた。
「わざわざ来てもらって申し訳ありません」
「……ううん、いいのよ立花くん。でもどうしたの? ……お市ちゃんまで揃って」
恵子ちゃんは困惑した顔をしていて、どこか怯えているように見える。ちらちらと俺の顔を窺い、ぎゅっと眉間に力を入れて唇を噛んだ。
あまりに様子がおかしいので彼女の気持ちを和らげようと、綺麗に口紅が引かれた唇の端をきゅっと上げたが余計顔を青くさせてしまった。
俺たちはなにも恵子ちゃんを追い詰め虐げたいわけではないのでどうにかしたいが、立花先輩は早々に諦めて大きく息を吸った。
「今までこちらの都合で安池さんを騙していたことがあるのですが、そのことについて少しお話をと思いまして」
「騙す?」
「そうです。……市蔵」
呼ばれて一歩前に出た。
恵子ちゃんは俺の顔を見て目を見開き、開いたままの口が震えた。そして「お市ちゃんじゃないの」と小声が零れた。
「あー、ごめんなさいね恵子ちゃん。私お市じゃないんです」
「え、どういう……」
「頼れるくのいちお市改め、四年は組期待の星北野市蔵でーす」
つい数日前、慎重に事を運ばねばと言った先輩が新しく出してきた案は直球に俺が男であることを明かすというものだった。これに高尚な作戦なんてものはない。しかしまさか先輩が無策のまま突っ切るわけがない。先輩曰く、予想外のことに混乱している間だと簡単に話術にかかるという。
先輩の予想通り、恵子ちゃんの動揺は相当なもので瞳がぐらぐらと揺れている。
俺が一瞬で変装を解くと、「忍たま……」と小さく呟き息を詰めた。
「それから、安池さんのように忍術学園にやって来た天女が過去に二人います」
「こ、殺すの?」
「は?」
突拍子もない言葉に俺たちは目を点にした。どういった思考回路によって殺されると思ったのだろうか。先輩方はずっと真面目な顔をしているが、別に殺気を飛ばしている訳ではない。
「ああ、潮江先輩の顔が怖かったんですか? それなら大丈夫ですよ、潮江先輩はいつもあんな顔です。心配しないでください」
「なんだと北野!」
「もう、市蔵も文次郎もそんなこと言ってるバヤイじゃないだろう! 安池さん、僕たちは君を殺したりしないし、危害を加えようとしてるわけじゃないんです。ただ、天女について知りたいだけなんです」
「わ、私、天女なんかじゃない!」
「はあ!?」
耳元で潮江先輩が叫んだので耳が痛くなった。じとりと先輩を睨んだが、先輩は俺に気づくことなく恵子ちゃんに詰め寄った。
「お前が天女じゃないってどういうことだ!」
「ひっ」
「この世界の人間じゃないって言ったらしいじゃねえか!」
「まあまあ潮江先輩、落ち着いてくださいよ。……確かに恵子ちゃんはそう言ってましたけど、そんな怖がらせたって話せなくなるだけじゃないですか」
「そうだ文次郎、お前は少し黙っていろ」
「なっ、仙蔵!」
「恵子ちゃん、この人のことは無視していいからね」
恵子ちゃんを守るように二人の間を割って入ると潮江先輩にじろりと睨まれた。しかし気にせず潮江先輩を恵子ちゃんから離し恵子ちゃんと向き合った。
「で、天女じゃないってどういうことですか?」
「あ、あの、違う世界から来たのは本当なの! でも、天女なんかじゃなくて普通の人間なの!」
「違う世界の人間……」
中在家先輩の呟いた小さな言葉に恵子ちゃんは大きく頷いた。
「そう! ……天女なんて高尚な存在なんかじゃないのよ。本当に……どうしてこんな……」
泣きそうな声で言う恵子ちゃんは嘘を言っているようには見えず、先輩方もどうするべきか困惑気味だった。恵子ちゃんの潤んだ瞳を見ていると、大勢で取り囲んでいるのが申し訳なくなった。暫し考えて、懐から取り出した手拭いを渡し、「今日はもういいですよ」と告げた。
恵子ちゃんだけではなく、先輩方も驚いていたが後日改めて天女について聞くことを約束すると何も言ってこなかった。先輩方も今の恵子ちゃんの状態では問い詰めることなんてできず、とてもじゃないが話し合いなんてできないと理解したのだろう。
肺の底の空気を吐き出し、妙な緊張感に疲れた体から力を抜く。そしてまだ停滞する空気を変えるべく「ほら、夕餉の時間になりますよ」と声をかけながら一番に部屋から出ていった。