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 立花先輩の部屋まで行くときは屋根裏を通ったが、戻りは普通に廊下を使う。
 早歩きでも足音が立たなくなってどれくらいが経っただろう。下級生がドタバタ走っているのを見ると「忍たまなんだから」と思うが、俺だって最初はそうだった。それが気づくと忍者らしくなりつつあったんだと気がついた。
 今考えないといけないのは小田さんのことなのに、そんなどうでもいいことを考える。
 俺が六年生になったら、今日の立花先輩のように先を見越して動けるようになるのか。そんな姿、全然想像もつかない。俺は六年生になったって毎日楽しく女装をして後輩をからかって遊んでそうだ。
 二人がいる部屋に近づくと、速度を落とした。そして部屋の前に来ると少しの緊張を抑えるために数度深呼吸を繰り返す。
 ――今から俺は役者だ。
 目を伏せて障子に手を添えた。
 室内の静寂を打ち壊す障子を開く小さな音。
 さっきまで向かい合っていた二人は、なぜか隣に並んで座っていた。あぐらをかく立花先輩の肩にしなだれかかってした小田さんは、俺と目が合うと「きゃあ」と驚いた。
 さすがに人に見られるのは恥ずかしいようで、小田さんは立花先輩から飛び退いた。
 俺はそんな小田さんから立花先輩に視線を移す。

「仙さん、ここにいらっしゃったのね。探しましたよ」
「ああ悪かった。すぐに戻れると思っていたんだ」
「そちらの女性は……、あら天女さまですか!」

 固まる小田さんを無視して部屋に入り込み「天女さまとお話ししてみたかったんです」と小田さんのそばによる。そして飛び退いたまま崩れた体勢の小田さんに手を差しのべた。が、ぱしりと払われた。
 小田さんの目は、俺の顔となぜかくのたまの制服とを行ったり来たりしている。

「あ、あなた何者よ」

 わなわなと怒りに震え、畳についたままの手に力がこもっている。
 ――ああ、畳に爪を立てると悪くなるのに。
 小田さんの手を取りたいが、また振り払われるのは目に見えている。
 興奮する小田さんから俺を守るように、立花先輩はさっと俺の隣に立ち「私の許嫁だ」と俺の肩を抱いた。きっぱりと言いきった言葉に小田さんは目を見開く。

「くのたま四年の奥山お市と申します」
「そ、そんな仙蔵くんに許嫁なんていないわよ!」
「どうしていないと思ったのですか? 誰かが言っていましたか?」
「そ、それは……」

 小田さんは一瞬、ぐっと言いよどんだが、すぐに元の勢いで「そういえば仙蔵くん、さっき欲がどうとか一人で残すのはとか言ってたじゃない! その子はいいの!?」と睨んできた。

「お市は将来くの一になる」
「それがどうしたのよ」
「天女さま、話はわかりませんが欲とは忍者の断つべき欲のことでしょうか? それなら私もここで欲に溺れることがどれほど危険か十分に学んでおりますので忍者の妻として仙さんの邪魔にならないように立ち居振る舞うことができます」

 立花先輩の言った「私の帰りを部屋で待つ女性にはなってほしくない」っていうのも、くの一には関係ない。長期任務で不在の場合も、任務に行ったまま死んでしまうのも承知の上だしお互い様だ。
 噛みつかんばかりの表情で俺を見ていた小田さんは、苦しげに立花先輩を見上げた。

「……仙蔵くんは私のことが好きじゃないの?」
「好きか嫌いかで聞かれると嫌いですね」

 ばっさりと言い切った。
 さすがの俺も聞いていて心が痛い。もう少し優しくしてあげてほしいところだが、それこそ忍者は情に流されていてはいけない。あえて怒らせるような言い方を選んでいるところからするに、怒車の術だろう。俺は立花先輩の邪魔にならないように、先輩に守られるように胸の中に収まった。
 小田さんの息は荒い。かっと見開いた目の中で瞳がふらふらと頼りなさ気に揺れた。

「どうして! みんな私が好きなんじゃないの? 私が愛されているんじゃないの? 会わせたい人がいるなんて言うから文次郎だと思ったのに……。普通そうじゃない、許嫁なんて変よ。それか他の子が私に興味あるから連れてくるパターンでしょ。なによこれ、……なによこれ」

 小田さんはよくわからないことをブツブツと呟く。
 絶望の色が浮かぶ表情の小田さんに追い打ちをかけるように、立花先輩が手を上げた瞬間に六年の先輩方が現れた。小田さんが前から仲良くなりたいと公言していた先輩方だ。せっかくその先輩方が来てくださったと言うのに、小田さんはまったく嬉しそうじゃない。まあ当たり前だけど。

ヒトリヨガリ