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 さてどうしよう。恵子ちゃんのことは嫌いではない。どちらかといえば好いている。だけど縁を結ぶつもりは毛頭ない。
 俺と恵子ちゃんは対等な関係ではあるが、この時代のことをあまり知らない恵子ちゃんは妹のように感じることがあるのだ。だから下の兄弟に対するような愛情しか持っていない。
 庄左ヱ門と彦四郎の小さな手に引っ張られて食堂に連れていかれると、久々知先輩お手製の豆腐料理に舌鼓を打っている五年生の先輩方がいた。
 庄左ヱ門は気にすることなく「緊急会議です!」と言い放った。
 その声を聞いた瞬間、尾浜先輩と鉢屋先輩は箸を置いて勢いよく立ち上がった。そして「それは大変だ!」と綺麗に声を揃え、久々知先輩に向き直る。

「いやあ、後輩たちがこんなに血相を変えて走ってくるってことは相当なことが起こったんだろうなあ!」

 と、鉢屋先輩が迫真に迫る表情をした。

「兵助の料理が食べきれないのは心苦しい……、でも何か問題が起こったなら仕方がない……」

 と、尾浜先輩が血の涙を流すがごとく残念そうに顔をしかめた。
 とんだ茶番劇ではあるが、人のいい久々知先輩は「そうだなあ」と納得している。大量の豆腐料理とともに残されることになる不破先輩と竹谷先輩は、豆腐地獄から逃げ去ろうとしている先輩方を恨めしそうな目で見ていた。


 場所を空き教室に移すと、「それで?」と鉢屋先輩は急に真面目な顔をした。
 四対の目が俺をじっと見てきた。
 仕方なく、先ほどの恵子ちゃんの話をした。
 その間、尾浜先輩は「うんうん」と首を振りながら聞いていたが、鉢屋先輩は百面相のごとく表情をころころと変え続けた。恵子ちゃんの名前が出た時点でしかめっ面を作り、好きだと言われたと口にしたときには顔をどろどろに悲しませ「大事件じゃないか!!」と嘆いた。あまりの大袈裟な表情にぷふっと噴き出してしまった。

「市蔵! ちゃんと断ったのか!?」
「あー、いえ……そのまま恵子ちゃんは去ってしまったので」
「なんということだ! 市蔵、今すぐ安池さんを探して断ってきなさい!」

 早着替えで小袖姿になった鉢屋先輩は、およよと右袖で顔を隠した。
 そんな芝居を庄左ヱ門は、しらっとした目で見ていた。

「なんだその顔は! 市蔵の一大事なんだぞ!」
「お言葉ですが先輩、それはただの嫉妬ではありませんか? 返事は北野先輩が考えるべきです。いくら鉢屋先輩が北野先輩のことを可愛がっているとはいえ、口を出しすぎると嫌われますよ」

 歯に衣着せぬ物言いに尾浜先輩が腹を抱えて笑った。

「ちっがーう! 確かに私は市蔵と安池さんの交際を反対しているが、これは断じて嫉妬じゃない!」

 じゃあ何なんだという俺たちの視線に、尾浜先輩は涙を拭いながら「心配しているんだよ」と言った。

「心配?」
「そう心配。もし市蔵が安池さんと恋仲になったとして、……今までの天女様って今どうしてる?」

 今? そんなこと知るわけがない。なんたって――。

「天界へ帰ってしまわれた」

 神妙な彦四郎の言葉に尾浜先輩は頷いた。

「安池さんがいつまでこの世界にいるかわからない。何者かもわからない。そんな人に俺たちの可愛い後輩を易々と渡せるわけないじゃない」

 満面の笑みでそう言った尾浜先輩に、思わず顔が赤くなるのを感じた。本当にここはあたたかくて幸せなところだ。

「……でも、そんな心配しなくても俺は断るつもりでしたよ」
「それそうだろう。私たちの自慢の後輩はそう簡単に手に入れられないからな。……と、まあ、冗談はここまでにしよう。とりあえず断るとして、市蔵は今までどおり安池さんと接してもかまわない。もちろん気まずいなら関係を変えてもいいが、お前はそんなこと気にしないだろう」
「え? いいんですか?」

 俺と一年二人が一斉に首を傾げた。
 笑いのおさまった尾浜先輩が「安池さんに害はないことは周知の事実だからね」と朗らかに言った。
 それなら、どうして鉢屋先輩はあんなにおどろおどろしい演技をしたのか。まるで俺に余計なことをさせないように脅すようだったのに。
 そんな俺の気持ちは鉢屋先輩にお見通しだったようで、「私たちの気持ちを知っておいてほしかったんだ。なんせ市蔵は先輩を心配させるプロだからな」と不敵に笑った。

ヒトリヨガリ