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 学園長先生が恋人の方から譲り受けたお酒を、お使いのお礼にと尾浜先輩と鉢屋先輩が頂戴した。そのおこぼれに、俺も徳利半分ほどいただいた。
 今夜は雲ひとつなく、上限の月が美しく空に映えている。絶好の月見酒になることだろう。
 タカ丸は遅くまで補習だと言っていたので、戻ってくるまで手が空いていた、い組の二人を部屋に招くことにした。
 チャプンと徳利を揺らし、三つのお猪口に並々注ぐ。それだけで空っぽになってしまったけれど、明日も授業だから嘗める程度でとどめておかなくてはならないからちょうどいい量だ。

「こうしてゆっくり夜空を見上げるのも久しぶりな気がするな」

 ほう、と熱っぽい息を吐いてから出した滝の言葉に、俺も頷いた。こいつは夜は部屋で勉学に励むか、美容のために早々に寝るかだから特にそうだろう。喜八郎なんかは、夜ふけまで外で穴堀に勤しんでいるから、いまいちピンときていない。
 なんでもない平日に乾杯してからお酒に口をつけた。
 果実のような甘味が、すっと口の中で消えた。

「おっいしい!」
「ああ、さすがは学園長先生から回ってきただけのことはある」
「滝夜叉丸が持ってきた干物じゃ、お酒がもったいないね」
「干物?」

 首をかしげると、滝は「い、一応、手土産を持ってきたのだ」とおずおずと体のかげから風呂敷包みを出してきた。それを開くと、美味しそうな魚、ハタハタ干しが三枚あった。
 身崩れもしていない美味しそうなものだ。なにをそんなに恥ずかしそうにしているのか。
 そう聞けば、「もっと洒落たものをだな……」ともごもご言う。
 流行りの洒落たものを渡し合う関係でもないだろうに。呆れてしまったが、まあ格好をつけたがるのが滝夜叉丸のいいところ、いや、面白いところだ。そのまま生きていってほしい。

「あー、お酒だけでも美味しいが、干物との相性も格別だなあ」
「市蔵、年寄りくさいよ」
「って言う喜八郎だって、うまそうにハタハタを食んでるだろー」
「僕は発言が年寄りくさいって言ったの」

 ぎゃいぎゃいと言い合っていると、穏やかな風が吹き込んできた。湯浴みを済ませた俺たちの髪を、いたずらに撫でて去っていく。
 ふと、血の匂いがした。
 くんくんと鼻を動かせば、喜八郎が「今度は犬の真似?」なんて嫌味を言ってくる。それを無視して、匂いの元を辿れば、滝の右腕に行き着いた。

「滝、怪我してるのか?」
「あ? ああ、そういえば倫子とデートしているときに切ってしまったんだった」

 忘れていたと、のんきに寝間着の袖を捲っているが、そこに巻かれた包帯には血が滲んでいる。
 まったく。
 棚ににじり寄り、浦黄の入った容器を取り出した。そして滝の包帯をほどいてから、その粉末を傷口にこれでもかとばかりに叩き込んでやった。

「な、なんだ?」
「ただの浦黄だ。ガマの花粉。医務室にもあるだろう?」

 月明かりだけの薄暗い部屋では、俺が何を傷口にまぶしたのかわからなかったのだろう。その正体を教えれば、あっさりと体から力を抜いた。

「怪我をしたなら、ちゃんと医務室に行け。俺は保健委員じゃないんだぞ」
「似たようなものだろ」

 キョトンと、さも当然のように言った。
 滝がそう言う理由もわからなくもないが、「似て非なるものだ!」と強く主張しておいた。ついでに「滝だって三木とニコイチって言われたら嫌だろ!」と余計なことまで口を滑らしてしまったので、滝はがばりと立ち上がって「この美しい滝夜叉丸と! あのどこにでもいるような田村三木ヱ門を一緒に語るなぞ! けしからん!」と叫んだ。
 周りの部屋から、うるさいぞと苦情が来るほどだ。
 静寂な夜と、騒がしい俺たち。なんとも忍術学園らしい。風情がある。
 そんなことを話している間にお猪口の中は空っぽになり、滝が持ってきた干物も腹の中に消えた。
 もうタカ丸も戻ってくる頃合いだろう。
 いま一度、ぼんやりと月を見上げた。
 弓張り月と呼ぶのも納得の、綺麗な半月である。

「そういや、前に先輩方に誘われたときも月が綺麗だったなあ」
「ああ、前の天女の? あれも月見酒だったからね」
「え?」
「って、立花先輩は言っていたけど、市蔵は聞いていないの?」
「聞いて、ない……はず」

 さっきとは逆に、滝が「お前は花より団子だからな」と呆れた。

「十三夜だからって、先輩が取って置きのお酒を用意するって言ってたよ」
「あー、酒もうまかった記憶がある。ああ、そうか、十三夜だったのか」

 心の中で、風流のわからない男でごめんなさいと立花先輩に謝っておいた。
 とはいえ、月が綺麗なのは毎日のことなのだから意識から外れるのもしかたないとも思う。屁理屈だ。わかっている。
 じとっと見てくる、伊達男な滝と作法委員の喜八郎から目を背け、もう飲み終わったことだしと無理やりお開きにした。

ヒトリヨガリ