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 ――二度目の話し合いは今夜、四年は組教室にて行う。
 そう書かれた文を喜八郎から渡された。宛名は立花先輩。
 ついにすべてが明らかになる。わずかに緊張しながら授業を受け、そして夜になった。
 入り慣れた教室に足を踏み入れると、すでに上級生と恵子ちゃんが揃っていた。四年生がかたまって座っているところへ行こうとしたが、立花先輩に止められた。俺は渦中の人物なので恵子ちゃんや六年生の近くに座れということだった。

「さて、俺たちが一番聞きたいことは天女についてです」

 相変わらず立花先輩が司会進行を務める。
 今までの天女様について説明しますと先輩は恵子ちゃんに一枚の紙を渡した。

「まず、一人目の天女は南田優子という方でした。彼女が来てから六年生や五年生のほとんどが彼女を好きになりました。一方、彼女は北野を好んでいたように思えます。……最初は」
「最初は?」
「ええ、彼女はあるときから北野が女であると思い込んだようで、しきりに私たちに北野は女ではないかと聞いてくるようになった。結局、北野が男であると納得してもらえましたが、優子さんは『一番に愛されていないなら帰る』と言って私たちの目の前で消えていきました」

 たった二ヶ月前のことなのに、ものすごく懐かしく感じる。
 俺たちが優子さんに感じたのはなによりも困惑だった。狐につままれたような感覚だったのだ。
 恵子ちゃんの手元の紙には今話した内容がまとめられているようで、視線を何往復かさせ「なんとなくわかったわ」と言った。

「それでは次の天女様の話にしましょうか。次の天女様は小田真希という方でした。天女という摩訶不思議な存在を知った直後でしたので、私たち六年生が様子を見ていたのですがどうやら優子さんのように複数人が真希さんを好きになるということはなかったので、忍術学園の滞在の許可がおりました。彼女はあまり私たちと親しくしようとはしていませんでした。少し距離を置いていたように感じます。よく話す忍たまは数人いたようですが」
「それは上級生?」
「はい、六年生や五年生の数人です」
「……立花くんや潮江くん、七松くん中在家くん、食満くん善法寺くんはそこに入らないでしょ」
「ええ……、確かに私たちに接触してくることは少なかったです。しかし、あるときから急に話かけるようになりました」

 どうしてわかるのだという目で立花先輩が恵子ちゃんを見た。それに恵子ちゃんは曖昧に笑うだけだった。

「ある日から真希さんが北野のことを悪く言い始めました」
「確か……小田真希さんに俺からタカ丸に髪を結ってもらえるように言ってほしいと頼まれたんですけど、俺はそれを断ったんですよね。それからだったはずです」
「あー、うん……」
「流石に後輩のことを悪く言われては困りますから真希さんに少しお灸を据えたのですが、意味深なことだけ言い残し消えていきました」
「意味深ってどんなこと?」
「私たちのことを知っている……と言ったのです」

 『大丈夫、立花くんや潮江くんが優しい人だって知ってるよ。……それこそ、ここへ来る前から知ってるわ』。確か、恵子ちゃんもそう言っていた気がする。
 恵子ちゃんを見やれば彼女もそのことを考えていたようで、苦笑いを浮かべながら俺を見た。このことを俺が黙っていることはできない。

「恵子ちゃんも、……ここに来る前から俺たちのこと知ってたって言ってましたよ」

 潮江先輩が真っ先に反応した。今にも掴みかかってきそうな潮江先輩を食満先輩が抑えた。まったく潮江先輩は血の気が多いんだから……。とは言っても潮江先輩がいなかったら食満先輩が掴みかかってたんだろうな。

「安池さんが私たちのことを知っていたのは今は置いておきましょう。とりあえず私たちが天女について知っていることは、好きに帰ることができるが行き来することはできない、天女同士は知り合いではない、私たちのことを知っているという三つです」

 締め括るように語気を強めた立花先輩に、恵子ちゃんは頷いた。それがどういった意味かはわからなったが、恵子ちゃんは力強い目で立花先輩を見つつ、口を開いた。

「立花くんの予想したことは合ってるわ。その他に私がわかることは少ないけど……、とりあえず順に説明するね」

 恵子ちゃんは、そう前置きしてから話し始めた。立花先輩の言った通り天女同士に接点はなく、天女にもいろいろなパターンがあるので全てがわかるわけではないのだそうだ。

「まず……、なぜ私が皆のことを知っているかだけど、私たちの住んでいるところでは、あなたたちのことが書かれた物語があるの」
「どういうことです?」

皆がよくわからないという顔をする中、食満先輩が詳しく聞いた。

「皆からすると……そうね、『源氏物語』の世界に行ってしまうようなものよ」
「『源氏物語』の世界へ行く?」

 食満先輩は理解できないといった表情をした。

「あ、『源氏物語』ってわかる?」
「ええ、わかります。しかし……にわかに信じがたいですが、実際に天女と呼ばれたあなた方は私たちのことを知っていますし、今さら信じがたいとは言ってられませんね」
「さすがは立花くんね、受け容れるのが早いわ」

 にっこりと笑った恵子ちゃんは言葉を続けた。

「まあ、私たちが皆のことを知っていたのは、そういう理由よ。でも私がここに来た理由はわからないの。本当に突然だったの。別に皆に会いたいなんて思っていなかったし、皆のことだって詳しく知っているわけじゃないわ。ただ、こうして忍術学園に現れる女性を天女と呼ぶことは知っているから、そう自称したの。……ううん。月の世界から現世にやってきた女性の物語のように、私のいた世界では、こうしてあなたたちの世界にやってくる天女を題材にした話があるの」

 そこで言葉を切り、みんなを見渡した恵子ちゃんは「ここからが、みんなからすると重要なんだけど」と声音を変えた。先輩方は居住まいを正し、次の恵子ちゃんの言葉を固唾を飲んで待ち受けた。

「違う世界に渡る話はね、大抵が誰かと結ばれて話が完結するの。でも天女が悪人とされて殺される場合もある。それで……言い方は悪いけど、世界を渡る人たちはゲームだと思ってるのよ。選択を誤れば死ぬかもしれない、命を賭けたゲームよ」

 「私も最初は軽い気持ちだったわ」と申し訳なさそうに言った。しかし、誰も恵子ちゃんを責めるような視線を向けなかった。恵子ちゃんが優子さんや小田真希さんと違い、あまり忍術学園に影響を及ぼさなかったということもある。だがそれ以上に、まだ俺たちは天女という存在を掴みきれていないからだ。急に訪れた場所で、重く考えながら過ごすことなんてできるだろうか。……潮江先輩あたりならできそうでもあるが、しかし逆に頑固一徹な性格のために彼女たちのようには馴染めないかもしれない。
 鉢屋先輩は「だからあんなに怯えていたのか」と納得げに呟き、他の先輩方も各々、天女についてを咀嚼する中、不破先輩が小さく挙手した。

「あの、安池さん」
「なに? 雷蔵くん」
「安池さんも他の方も、命を賭けるようなことをするようには見えないですが……」
「ああ、それはね、ここへ来る直前に『帰りたいとさえ思えば帰られる』と伝えられているからよ」

 険しい顔をした立花さんが、「誰に」と問う。恵子ちゃんは肩をすくめ首を横に振り、「わからないわ」と答えた。先輩方の落胆した嘆息が聞こえた。

「誰からかはわからないけれど、一ヵ月が期限なの。一ヵ月を過ぎると帰られなくなるわ」
「なるほど。そういえば、優子さんも真希さんも一ヶ月と待たずに帰ったな」

 「安池さんは」と少し離れた場所からタカ丸が言葉を発した。みんながタカ丸の方を振り返った。

「安池さんは、帰りますか?」

 珍しく真剣な声だった。そしてそこに含まれる多少の緊張も感じた。
 今度はみんな、恵子ちゃんを見やった。咎めるようなタカ丸の言葉だったが、恵子ちゃんは穏やかな表情だった。すべてを諦めたような、それでいてすべてを受け入れたような、そういう顔だ。
 恵子ちゃんの唇が動くのが、いやにゆっくりと感じた。

「残ろうと思ってるわ」

ヒトリヨガリ