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「安池さん!」

 伊作先輩が恵子ちゃんを呼ぶ荒々しい声が聞こえた。
 今は恵子ちゃんから話を聞き終えたあと。各自解散し、俺は小腹がすいたから食堂に忍びこんでつまみ食いでもしようとしていたところだ。
 辺りを見渡すと、食堂の勝手口の近くに二人はいた。
 伊作先輩の顔にはいつもと違う剣呑な色が浮かんでいる。その雰囲気に違和感を覚えた俺は、そろりと忍び足で二人に近寄った。

「なに? 善法寺くん」
「あの、安池さん、今時間ありますか? 昨日の話し合いのことで、少しお聞きしたいことがあるのですが」
「うん、大丈夫だよ。今、おばちゃんもいないから食堂で話そう?」

 神妙な表情で頷いた伊作先輩は、恵子ちゃんについて食堂へ入っていった。俺もそれについて行き、食堂の窓から中を覗き込む。

「それで、何が聞きたいの?」
「……市蔵のことです。どうして市蔵は、いつも巻き込まれるのでしょうか」

 ゴクリと唾を飲み込んだ。
 それは忍術学園のみんなが気になっていたことだ。伊作先輩は特に俺のことを特別に気にかけてくれているから恵子ちゃんから話してくれるのを待てなかったのだろう。
 恵子ちゃんは少し難しい顔をしてから「ううーん」と唸って、ぼんやりと天井を見つめた。

「そうねえ、私は今までの天女の心境まですべてわかるわけるわけじゃないから、予想だけど……。まず、一人目の天女……ええっと、南田さんはさっき言った『結ばれる人』が市蔵くんだと考えたんだと思う。だから、市蔵くんに近づいたの」
「それじゃあ、優子さんは市蔵のことが好きだったんですか!?」
「そうとも言えないんだけどね」
「え、だって『結ばれる人』だって……」
「『結ばれる人』だからといって、好きとは限らないの。そして、南田さんが急に市蔵くんにつらく当たりだしたのは、市蔵くんを男装した女の子だと思ったからね。天女を題材にした物語には、ある程度決まった型があって、その中に『男装した女の子の忍たまに、天女が殺される』というものがあるの」
「それって……」
「ええ。その型だと思ったんでしょうね」

 伊作先輩は、目を見開いている。手に力がこもり、ぷるぷると震えている。

「二人目の小田さんは、きっと善法寺くんたちと仲良くなりたかったんでしょうけど、不審に思われないように少しずつ仲良くなっていこうと思ったんだろうね。仲良くなってもらうっていうのは、恋愛という面で好きになってもらうっていうことなんだけど、市蔵くんが小田さんに言い返したことで、目的を遂行できなさそうだから邪魔者を排除しようとしたんだと思うわ」

 恵子ちゃんは申し訳なさそうに俺のことを「邪魔者」と言ったが、確かにあの時の小田真希さんは俺を邪魔者と思っていたのだろう。それは伊作先輩も感じていたようで、何か言おうとしていたが、唇を噛み締めるだけで何も言わなかった。
 恵子ちゃんは席を立つと、お茶の入った湯呑を二つ持って戻ってきた。一つを伊作先輩の前に置くと、残った一つにゆっくりと口をつけた。舌を湿らす程度の少量だったが、休憩はそれだけでまた話し出す。

「私はね、最初市蔵くんを女の子だと思ってたからね、すごく警戒してたの」
「なぜ市蔵が女の子だと警戒するのですか?」
「さっき言った、よくある型に『天女が優秀なくのたまに殺される』というものがあるからね。もし、お市ちゃんに敵だと思われたら殺されるかもしれないと思ってたの。だから、すごく警戒してたわ」

 彼女たちの俺に対する不審な態度の理由はわかった。
 だけど、どうして俺が巻き込まれるかはまだわからない。なぜだろう。
 伊作先輩も腑に落ちない表情を浮かべている。それに対して恵子ちゃんは、どこか誤魔化しているような、あえてそこには触れないようにしているように思えた。
 何か言いかけた伊作先輩を制すように、恵子ちゃんは湯呑のお茶を仰ぎ飲み、立ち上がった。
 「ごめんね、もう行かないと」そう言うと、恵子ちゃんは伊作先輩を残して食堂の勝手口から出て行ってしまった。

「……どうして市蔵なんだろう」

 薄く開いた唇から零れた言葉は、しんとした食堂に溶けた。
 まったく。先輩は優子さん以降巻き込まれていないのだから、俺のことなんて放っておけばいいのに。わざわざ心を痛めなくても。
 湯呑を握りしめた伊作先輩を一人残し、俺も食堂をあとにした。

ヒトリヨガリ