16
着飾った恵子ちゃんを連れて遊び回り、空が茜色に染まったころ、俺たちは一度解散した。
「東の山から現れた月が、あまりにも綺麗な満月だったから、このあと恵子ちゃんと月見酒を飲むんだ」
そう、夕食の席でタカ丸に言えば、タカ丸は普段のふにゃふにゃした表情をかたくさせた。しばらく無言で、だけど何か言いたそうにしたあと、静かに「俺も行っていい?」と聞いてきた。それに俺は「もちろんだとも」と頷いた。
タカ丸が恵子ちゃんに何の用があるかなんて皆目検討もつかない。だけど、タカ丸なら悪いようにしないだろうという絶対の信頼があった。
そうして俺たちは食事を終え、寝る準備を済ませたあと、行灯と酒を持って中庭に向かった。
いつもなら誰かの部屋で行う宴だが、こんな夜半に恵子ちゃんを忍たま長屋に招くわけにはいかないから、しかたなく岩を座布団にすることにしたのだ。
待ち合わせの場所には、すでに恵子ちゃんがいた。月明かりが不安そうな恵子ちゃんの顔を照らしている。
「こんばんは、恵子ちゃん。無事に抜け出せたようでよかった」
行灯を掲げて声をかけると、ほっと安心したように恵子ちゃんが微笑んだ。
「市蔵くんの教えてくれたとおりに歩いてきたら、誰にも見つからずに来れたよ。すごくドキドキしたけど、忍者になったみたいで楽しかったわ」
きっと、くのたまのみんなは恵子ちゃんが抜け出したことに気づいていただろうけど、恵子ちゃんが嬉しそうにしているから何も言わずに「うんうん」と話を聞いた。
ひとしきり興奮を伝え終わると、やっと恵子ちゃんは俺の横に人がいることに気づいた。
どうやら、恵子ちゃんは夜目が効かないらしい。特徴的な髪をしているタカ丸を認識できないでいる。
「急だけど、タカ丸も一緒でもいい?」
「斉藤くん? ……うん、もちろんいいけど」
借りてきた猫のように大人しくなった恵子ちゃんに、失敗したかなと不安になった。だけどすぐさまタカ丸が「ちょうど髪結いの報酬でお酒を貰ったところだったんです。一人で飲むよりみんなで飲んだ方が美味しいからね」とにっこり笑った。それから「ぼくのことは『タカ丸』って呼んでください」と続けた。
恵子ちゃんはそれを聞いて、おずおずと「タカ丸くん?」と呼びかけて「なあに?」と返事をされると、さっきまでの暗い表情が嘘のように嬉しそうに笑った。
さすが忍術学園一のモテ男。あっという間に恵子ちゃんの緊張をほぐしてしまった。
これなら美味しく酒が飲めそうだと、一番乗りで手頃な岩に腰を下ろした。
タカ丸は俺の左隣に、恵子ちゃんは少し躊躇ったあと正面に座った。
宴の会場は決して居心地がいいとは言えないが、部屋で見るより月は綺麗だし、爽やかな風を全身で感じられる。これはこれで風情があっていいものだ。
三人での会話は思ったより弾んだ。おっとりとしたタカ丸と、穏やかな恵子ちゃんは相性がいい。だけど二人だけだと会話が停滞するから、俺が話を次へ次へと変えていく。
俺は女装、タカ丸は髪結い、恵子ちゃんは自分の世界。それぞれ他の人とにはわからない話題があるから、話は尽きることがない。
話の中で、やっぱり思ったとおり恵子ちゃんは暗闇に慣れていないことを知った。恵子ちゃんの世界では、夜でも明かりが灯っているから目をこらして手探りに夜道を歩くことはほとんどないのだという。
「じゃあ、人目につかないようにするのも大変そうですね」
タカ丸の感想に、俺は大きく頷いて同意した。
夜は忍者のゴールデンタイムだっていうのに、明るかったら忍べない。
だけど恵子ちゃんはそうではないらしく、困ったように眉を下げた。
「タカ丸くんや市蔵くんみたいな忍者のたまごたちからするとそうかもしれないけど、私みたいな一般人は明るい方が安全で怖くないからね。だから向こうだと若い女の子でも、丑三つ時なんて関係なく遊び回れたの」
「まあ、恵子ちゃんみたいな子たちからしたら明るい方がいいかあ……。恵子ちゃんも、そんな時間まで遊んでたの?」
「たまに、ね。気づいたらそんな時間だったことは何度か」
「気づいたらって、そんなことあるか〜?」
「こっちと向こうじゃ感じ方が全然違うんだよ。……ここは本当に時間がゆっくり過ぎるから、気づいたら丑三つ時だったなんて絶対にあり得ないよね」
しみじみと、恵子ちゃんはお酒を飲みながら言った。
俺には、ここだって時間が早く感じる。課題がたくさん出されて、でも女装して遊びたいし、タカ丸たちとも喋りたい。外に出かけもしたいし、立派な忍者になるために勉強だってしたい。全然時間が足りないと思うのに、恵子ちゃんの世界はもっと早いのか。
忙しなさそうだなあ、と俺も酒を口に含んだ。
そこで会話は一度途切れた。それぞれが思い思いに酒を飲み、思い出したように月を見上げて目を楽しませた。